Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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ACL 準決勝 2ndレグ 名古屋×アルイテハド @BS朝日
 今シーズンの開幕前に名古屋がACLでベスト4まで勝ち上がるなど正直予想だにしていなかった。もちろん日本では研究され尽くしたスタイルも初の手合わせとなる海外チームに対しては有効に機能する可能性は大いにあり、その意味では昨シーズンのJリーグで見せたのと同じような快進撃が今年はアジアに舞台を移して展開されても何ら不思議ではなかったわけだが、これまでの名古屋というチーム(とそこでプレーする選手達)の悪しき伝統を考えれば、長距離の移動や過密日程を克服しその上でなお結果を残すというタフなタスクに対して名古屋の選手達が耐え得るのかどうか懐疑的にならざるを得なかったからだ。そう考えると、「ここまで来たら優勝を!」と望んでしまうのは仕方ないことだが、初出場にして日本勢唯一のベスト4に進出したことは誇るべき戦績であったと言えるだろう。

 ただこの試合に関して言えば、その内容はとても褒められるようなものではなかった。パスを走らせるためというよりはアルイテハドの選手達の足を止めるためにまるでゲリラ豪雨にでも遭ったかのように水浸しにされたピッチといい、終始名古屋寄りの笛を吹いていた主審といい、名古屋がこの試合で得ていたアドバンテージは決して少なくはなかったが、それでもなお勝てないのだから、名古屋とアルイテハドの間に横たわる力の差は決して小さくはないということなのだろう。ベンゲル風に言うなら、名古屋とアルイテハドの間には100年経っても埋められない溝が存在していたといったところか。

 最低でも4点を奪わなければ決勝に進めない名古屋は攻撃的な選手を並べた布陣でこの試合に臨んできた。かなり思い切った策ではあるが先手必勝でこれぐらいのことをしない限りこの逆境を乗り越える術はないとの判断だろう。そして試合に中ではケネディと巻というストロングヘッダーを並べた前線に対してダイレクトにロングボールを放り込むのではなく、細かくパスをつないでサイドへと展開しクロスボールから2トップの高さを生かしてゴールを陥れる戦術を徹底していた。前半の名古屋は時としてじれったく感じるほどタテにボールを入れず横にボールを動かすことが多かったが、最終ラインを中心に守備ではマークが緩いアルイテハドの特徴を考えればこれは至極もっともな作戦だった。
 しかし名古屋はそれぞれに真っ当な選手起用と戦術の噛み合わせがどうにも良くなかった。SBに小川を回すのはこのところ攻撃的布陣にシフトする際の定番になりつつあり、実際に相手の左サイドにスペースが出来ていた日曜日の磐田戦でもそこが狙いどころと見るや代理監督のボスコは途中交代で右SBに小川を投入し得点に結びつけている。しかしこの試合のようにサイドからのクロスボールをケネディと巻の頭に合わせる戦術であるならSBの小川は明らかにミスキャストだ。よりによって名古屋のアタッカーの中ではクロスが下手な部類に入る小川をSBに起用する道理はない。そして小川自身まじめな性格が災いしてか、SBという「後ろ」がいないポジションに加えて三都主とブルザノビッチのWボランチというとてもカバーが期待できそうもない状況では思い切ったオーバーラップや1対1の場面でもドリブルの仕掛けが出来ていない印象だった。おまけにその前にいるのがフル代表でいうところの中村俊輔のようなことをしている玉田では右サイドは機能不全もいいところ。こうなったらサイドアタック(クロスボール)は左サイドに期待するしかなかった。
 そんなわけでこの試合での名古屋が小川を右SBで起用したにもかかわらず右サイドで数的優位を作れず攻撃に連動性や厚みを持たせられなかったのはある意味必然だったわけだが、もしこうした戦い方を選択するのであればベンチにうってつけの人材が体力を持て余していたのだからもったいない話だ。そのうってつけの人材とは中村直志だ。中村のクロスボールはこのチームのアタッカーの中でも屈指の質を誇っているし、このところリーグ戦を(出場停止で)休んでいるために体力の消耗も少ない。おまけに周りと上手く絡みながら攻撃するタイプでもないので、玉田などと絡めなくてもその特徴が失われることはない。こういう場面で中村を起用せずしてどこで使うというのか。
 そしてサイドからの仕掛けを志向するのであればボランチにブルザノビッチというのも微妙な選択だ。確かに4点のビハインドを追いかける上でブルザノビッチの持つ攻撃力(特に前へという推進力)は捨て難いが、視野の狭いブルザノビッチよりもボールを散らせるタイプの方が結果的に名古屋の攻撃力は高まったのではないだろうか。どうしてもブルザノビッチを使うならやはり巻を外すしかない。ケネディと巻でマークを分散させるという考え方もあるが、ケネディに引き付けその裏を狙うという考え方もある。準々決勝(川崎戦)でのマギヌンや準決勝・1stレグでの中村がその好例だ。この試合ではコンビネーションこそ未完成ながら左サイドを中心として精力的にサイドのサポートにも顔を出していたブルザノビッチだったが、もっとゴールに近い位置でプレーさせたかったところだ。

 失点シーンでは攻撃から守備への切り替えの遅さに唖然とさせられた。二人三人とボックスになだれ込んでくるアルイテハドに対して名古屋の選手達は完全に置いて行かれてしまっている。連戦が続いていることや攻撃的な選手を並べていることなどは言い訳にならない。こんな状態では相手がアルイテハドでなくホンダロックであったとしても失点を防ぎ切ることは難しいだろう。磐田戦の前にボスコ・コーチが選手達に語ったというGK長谷川に対するサポートはどこへ行ってしまったのだろうか。

 ほとんどが東アジアで消化されたグループリーグから灼熱のジェッダを経てホームの瑞穂で終焉を迎えた今シーズンの名古屋の挑戦で感じたのは、初挑戦でいきなりやすやすと優勝出来るほど甘くはないという現実と、次に名古屋がこの舞台(優勝が見える位置)に戻って来る時に一体この中で何人の選手が残っているのだろうかということ。外国籍選手とキャリアのピークを迎えたり峠を越えた選手が多い名古屋では小川と阿部が残っているかどうか。吉田はおそらく海外に行ってしまっているだろう。そんな意味でもピクシーが最後に切った交代のカードが吉村と中村だったことは残念だった。チームのキャッチフレーズにもある通り最後まで諦めない姿勢を見せることも大事だが、このまたとない機会に若い選手に経験を積ませることもまた未来を考えれば大切なことだったはずだ。そんな意味でも名古屋はいつの日か再び訪れるであろうリベンジの機会に備えてクラブ全体でこの経験を伝えていかなければならない。
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by tknr0326g8 | 2009-10-28 23:53 | Game Review
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