Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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J1 2009 第33節 名古屋×山形 @スカパー
 中スポによれば怪我人が全員復帰しフルメンバーが揃ったらしい名古屋は(各選手のコンディションまでは分からないが)ピクシーがどういったメンバーをセレクトするのかがひとつの焦点だった。そして結果的には普段のレギュラークラスから吉田、三都主、マギヌンといったメンバーが外れたものの、ピクシーなりのバランス感覚と信頼度が反映されたスタメンは、これはこれでなるほどなと納得出来るものではあった。
 違和感を感じるとすればこのところハイレベルなパフォーマンスを持続していた吉田麻也のスタメン落ちだろうが、ピクシーの中でのCBの序列ではバヤリッツァと増川がいてそれに次いで吉田というのは開幕戦のスタメンを見れば明らかで、その評価はシーズン終盤を迎えた今になっても変わらなかったということだろう。ただシーズンを通して見れば、そんな「三番手」の吉田が最も稼働率が高く(チームの精神的な支柱とも言うべき楢﨑すらも離脱してしまった)守備陣を支えていたのだからなんとも皮肉な話ではある。
 また補強によって選手層に厚みが増したチームは負傷明けのマギヌンに無理をさせずベンチスタートにしたり、ベンチに三都主が控えている陣容などは昨シーズン来このチームにとって替えの利かないパーツだったマギヌンや阿部にもしものことがあった場合の担保として十分に機能することを先日(第31節)の神戸戦でも証明している。個人的にはそうした場面でこそ若手の台頭を望みたいところだが、大人の選手による大人のチームを望むピクシーにとって、若手選手に課せられたハードルは思いのほか高い。

 試合が始まってパッと見では、ケネディのワントップの下に玉田、ブルザノビッチ、小川といったアタッカーが並び、中村と吉村というハードワーカータイプのWボランチがそれを支えるという、ブルザノビッチのJデビュー戦となった川崎戦の焼き直しのような布陣に思えた。しかししばらく試合を眺めているとどうにも様相が違うことに気付く。ブルザノビッチが吉村の横まで下がって来てボールを運ぶ仕事をしているのはともかくとして(このチームに馴染んで少しづつ自分自身の居場所を見付けているのかなという前向きな印象)、そんな場面や吉村がボールを持った場面で中村のポジションがやけに高い。普段であれば攻撃においても守備においても吉村と常にスクエアなポジションを取ることで、攻撃では逆にパスが回しづらくなったり(サイドチェンジの際のバケツリレーくらいしか出来ない)、守備でもDFラインとの間のスペースを簡単に使われてしまう傾向にあるのがムラムラコンビのデフォルトなのだが、どういう風の吹きまわしだろうか。そしてそんな中村が単にポジションが高いだけでなく、右サイドで前方のスペースへと出て行くランニングを見せたり、普段は決して近付こうとしないペナルティエリアの中に積極的に飛び込んで行くプレーを繰り返しているのを見て、ようやく俺はこの試合の名古屋が吉村をアンカーに据えたスペイン風味の4-1-4-1のようなフォーメーションを採用していることに気が付いたのだった。やはりサッカーはスタジアムで観るに限る。

 前節の広島戦で変形の3バックを採用したのに続いて、名古屋は戦い方のベースは維持しながらフォーメーションに微調整を加えて来た。だが前節がどちらかと言えば広島の戦い方に合わせての受け身(リアクション)での変化であったのに対して、今節は相手の山形がどうこうというよりも今いる選手達をいかにして有効に噛み合わせるかという部分に重点が置かれている感じだ。そこには来シーズンに向けてという意味合いも多分に含まれているのだろう。そしてこの試合では相手の山形との間にチーム力そしてとチーム状態に大きな差があったとは言えこれがハマった。
 名古屋はケネディの一列下に配置された4人が流動的に動くことで単純に中盤の枚数を一枚増やした以上の成果を得ていた。特にサイドバックとインサイドハーフ、アウトサイドハーフの三人(右サイドで言うなら田中と中村、小川(デフォルト)、左サイドで言うなら阿部とブルザノビッチ、玉田(デフォルト))が良い感じでトライアングルを形成していることでボールがスムーズに動く。また上でも書いたように、普段は中村と吉村が並んでしまうことでセンターでは横か後ろにしか動かないボールも、吉村の脇のスペースにブルザノビッチが落ちて来て前に運ぶ仕事をしてくれることで、ピッチ中央でのボールの動きに新たなオプションが加わった。これはボールに数多く触れてこそその真価を発揮するがボランチに置いておくには心許ないブルザノビッチの活用法という意味でも一石二鳥だった。
 また互いが良い角度・距離感でパスを回せるという状況はディフェンスに回っても効果を発揮し、そこにアンカーの吉村も加わってこれまでに見たことがないような複数選手による高い位置での囲い込み(挟むようなディフェンス)を可能にしていた。名古屋でこんなシーンを探そうと思ったらおそらくベンゲル時代まで遡らなければいけないだろう。
 そして中村だ。前線で生き生きと走り回っている中村を見ているとネルシーニョ監督時代にトップ下でプレーしていた頃を思い出す。彼の持つ野性味を良い意味で引き出そうと思えばやはり攻撃的なポジションだ。それにしても普段ボランチでプレーしている時にはまるで結界でも張っているかのように決して足を踏み入れようとしないボックスに、ポジションが変わった途端に激しく踏み込んで来るこの「切り替え」はどこから来るのだろうか。ただひとつ言えることは、この試合の先制点のシーンでケネディが落としたボールに反応して走り込んだことでボックスでのマークを引き付けて間接的に小川をアシストし、ACLの準決勝(AWAY)では同じくケネディの落としに反応して自身久々となる公式戦でのゴールを挙げたように、中村が野性的なゴールへの嗅覚を持ち合わせているということだ。

 ただ、良い内容の試合だったとは言っても、全てを手放しで喜べるかと言えば決してそんなわけでもない。ケネディの負傷後、道標を失ったかのごとくチームが中盤でパスは回せても急激にフィニッシュ(シュート)のシーンが減ってしまった攻撃面もさることながら、この先天皇杯を勝ち上がることを考えれば心配なのは守備面だ。前掛かりになりがちなチームはボールを失った後そのまま前線からのハイプレッシャーによってボールを奪い返したり攻撃を遅らせているうちはいいのだが、アンカーの吉村を除けば基本的には帰陣が遅く中盤のフィルターも全く効いていないので一気にボールを前線まで運ばれてしまうことが多い。そこから先は伸縮自在の4バックがシュートコースを消しながら漸次後退しつつラインをブレークして(チャレンジ&カバーによって)相手の攻撃を封じ込めるという中盤の助けを当てにしないやり方はこれまでと変わらないと言えば変わらないのだが、ここまで簡単にアタッキングサードまでボールを通されてしまっては相手チームに強力なアタッカーがいる場合どこまでそれに耐えられるだろうか。ジュニーニョや石川直、シェルミティやヌールといったアタッカーがフルスピードで突っ込んで来たら・・・例えピクシーが信頼を寄せる4人のDFが揃っていたとしても防ぎ切ることは難しいだろう。山形戦で機能したからといって他の相手にも通用するとは限らないし、続けていけば研究もされる。これが完成形ではないのだから、まずは目の前にある最終節の清水戦を試金石としてシステムに磨をかけながらアジアに続く唯一の道・天皇杯に臨んで欲しい。
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by tknr0326g8 | 2009-11-28 23:59 | Game Review
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