Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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第19節 対神戸 0-1 (得点:なし) @スカパー
順番が逆になってしまったけど、第19節神戸戦のレヴュー。
今回はちょっと趣向を変えて各方面から寄せられた証言を基に試合の核心に迫ってみたいと思います。(笑)

◆証言1:ネルシーニョ(名古屋グランパス 監督)
 試合翌日の中スポやらなんやらは敗因を「相手に合わせた」「練習でもやったことがない」「急造(3ボランチ)システム」と結論付けて一件落着していたが、試合後の記者会見でネルシーニョはこともなげにこう言い放っていた。

「システム?中断前の磐田戦と同じですが、何か?」(意訳)

俺が磐田戦のレヴィューで書いたシステム(基本的なポジション)はこう↓で、

         豊田   中村
   本田
     
     クライトン    藤田
         吉村

  中谷  増川  古賀  杉本

         楢﨑

神戸戦は(TV画面越しに見る限り)こう↓だ。

        ルイゾン   
   藤田        中村
     
     クライトン     安
         吉村

  中谷  増川  古賀  角田

         楢﨑

 「急造だ」「3ボランチだ」とみんな騒ぐけど、ネルシーニョの言う通り基本的には変わってない。先シーズンのバルセロナを模した?3トップ(風味)で、豊田の変わりにルイゾンが入り、(コンディション不良の?)本田の位置に藤田が上がり、藤田のいた所に安が入った。そして中村が若干ポジションを下げた。それだけのこと。磐田戦では機能したものが、この神戸戦では機能しなかった。つまりシステムによって受けに回ったわけでは決してない。

◆証言2:イビチャ・オシム(ジェフユナイテッド市原・千葉 監督)
 よしんばこの日のネルシーニョがボランチタイプを3枚並べて中盤を構成し、神戸の攻撃を「受け止める」ことを第一に考えていたとしよう。だとすれば、それはネルシーニョからチームへの消極的なメッセージなのだろうか。俺はそうは思わない。なぜなら、ネルシーニョが監督に就任してから2年、そのサッカーを観てきた人なら、彼が「どんなにチャンスでもお前は絶対に上がるな」だとか「マイボールの時も守備におけるポジションのバランスを絶対崩すな」といったことを言う(指示する)監督ではないことは分かるはずだからだ。

 ナビスコカップのホームFC東京戦後、記者に「前回のF東京戦では4バックを試されて、それは機能していたと思うのですが、今日は3バックに戻したのはどういう意図か?」と質問された千葉の監督オシムはこう答えた。

「(前略)相手がやるプレーに合わせただけです。もちろんどんなチームに対しても敬意を払ってやっていますから、相手に合わせてそのような形をとったのです。相手チームを無視して自分たちのプレーだけをするというような考えを私は持っていませんし、またそのようなプレーができる選手たちではありません。」(J's GOAL より)

 オシム率いる千葉は基本的なシステムはあるものの、状況・相手に応じてシステム(というか人の配置)を変更し、ガチンコのマンマークで相手の攻撃を封じ込めて、そこから(湯浅健二風に言うなら)後ろ髪引かれない、爆発的な、オーバーラップで人数を掛けて相手ゴールに襲いかかるようなサッカーで相手に打つ勝ってきたチームだ。千葉を語る時に、よく「走り」の部分がクローズアップされるが、この守から攻への切り換えにおいては、単純に運動生理学としての「走り」よりもむしろ「思い切りの良さ」に代表される「メンタル」が重要なのではないかと俺は思っている。
 市原は相手に合わせた守りからでもアグレッシブに攻撃への切り替えが行えるチーム。一方の名古屋は相手に合わせた形で守りに入ると(監督が止めているわけでもないのに)攻撃への移行がスムーズに行えないチーム。ただそれだけのことだ。

◆証言3:名波浩(ジュビロ磐田/元日本代表)
 では、この試合の名古屋がどうして吹っ切れた攻守の切り替えを行えなかったのか。引いた相手を崩せないと言ういつものパターンだと言われればそれまでだが、試合を見る限りそこにはいくつかの要因があるように感じられる。
 まず一つ目はさっき千葉の例でも書いたメンタルの問題。これについてはもう何度も書いてるので今さらクドクド書きません。
 そして二つ目はルイゾンがまだ馴染んでいないこと。周りもルイゾンがどういうプレーをするのか特徴を把握し切れていないし、中央にデンとポジションを取り本来であれば攻撃の軸でなければいけないルイゾンがこんな感じだから、名古屋の攻撃は自然現象としてアタッキング・サードでのパスミスを連発する。神戸のように引いて守ってカウンターを狙うチームに対しては、あれだけ前でパスミスを連発しては、2列目からの押し上げが腰が引けた状態になるのは道理。
 三つ目がコンディショニングの問題。ルイゾンもベストフォームには程遠いが、怪我から復帰したばかりの安もまだ開幕の頃の状態には戻っていないし、そして東京戦のレヴューでも書いたが、中村もリーグ戦が再開したばかりだと言うのにとても体が重そうだ。コンディショニングの難しい真夏とは言え、ちょっと心配な要素ではある。
 そして最後に、これらの要素も複合的に絡んでくる中盤の問題。そこでのメインテーマはひとりしかいない藤田俊哉をどう使うかだ。
 そう言えば、磐田戦の後に名波がこんなことを言っていた。

「個人的にですけど、俊哉はまだ俊哉らしいプレーをまったくしていなかったと思うし、少し下がってボールをもらいすぎていた(中略)。俊哉は2列目からゴール前に飛び込むシーンがなかったし、その辺が出てこないと俊哉らしいプレーは出てこないと思います。」(磐田公式より抜粋)

 確かに磐田戦の時の藤田は一番上のシステムの所でも書いたようにボランチのようなポジションでプレーしていた。そこでは「ゴール前への飛び出し」という藤田の持つ最大の「怖さ」がフルに発揮できないのも事実だった。そして神戸戦、名波のコメントを受けてではないだろうが、ネルシーニョは藤田を「前」のポジションへと移動させる。もちろん試合の中で頻繁なポジションチェンジはあるのだが3トップの左とも左WHとも取れるポジション・・・イメージとしてはバルセロナのロナウジーニョみたいな感じ。
 藤田の特徴を出すための合理的な配置転換・・・が、ここに大きな落とし穴が潜んでいた。藤田が一列上がったことで中盤の構成力がガタ落ちしてしまったのだ。磐田戦では3人の中盤の真ん中の吉村を支点として、クライトンと藤田が天秤のように絶妙なバランスで交互にボールをDFラインから引き出し、交互に前線に絡んで顔を出してなんとか中盤を作っていた。しかし神戸戦では藤田不在の中盤でクライトンひとりで中盤を作るような形になってしまった。藤田のポジションに入った安は、ベストフォームならともかく、試合勘も取り戻しきれていない中でその代役を果たすのは少し酷な注文だったし、たまに下がってくる中村はさっき書いたようにコンディション的な問題で、アンカーの吉村はプレースタイル的な問題で、それぞれ藤田の代役足り得ない。結局藤田が下がってくるしかない→そして前線(ルイゾン)との間にギャップが出来る→ルイゾンをフォーローしきれない→攻撃が形にならないという悪循環だ。

 中盤に置いておけばチームとしてボールを回しゲームは作れるが藤田が持つ最大の武器である「得点力」が消えてしまう。かといって、今の名古屋で藤田をFWに近い位置に配置すれば中盤の構成力は一気に低下する。簡単に言えば・・・

 今の名古屋がもうワンランク上がろうと思ったら、もうひとり藤田俊哉が必要。ということだ。(いや二人でも三人でもいいけど・・・)万博のロボットよろしくトヨタの技術でなんとかならないっすかね。(笑)

 それぐらい藤田俊哉というプレーヤーは名古屋にとって次元を超えたプレーヤーだ。それは名古屋というチームに入って他の日本人選手たちと一緒にプレーしてるの観て初めて気付いた部分も多い。動きの量自体も多いけど、その攻守両面における「実効性」という意味でも、名古屋ではエース格だった中村の倍ぐらいはある。コンディションの問題もあるだろうが中村がボーっと突っ立ってる間に、フリーな相手のマークに戻って、ボール奪って展開してまた前に絡んで行くみたいなシーンが何回か見られた。つまり藤田は中村の前を一試合の中で何往復もしてるわけだ。卓越した戦術眼とそれを実行に移せるだけのスタミナを藤田は持っている。
 そして技術。体は小さいけどボールの貰い方が上手く相手を背負ってもボールを受けられるし、そんな状態から細かいフェイントを織り交ぜた流麗な身のこなしで前を向いてしまう。このへんの技術は秀逸。そしてこの試合、前半にチームがリズム作れていない時間にルイゾンに出したスルーパス。あのスルーパス見て俺は確信した。今でこそ藤田はチームのことを考えてシンプルなプレーに徹しているが、もし藤田に「好き勝手プレーしていいよ」と言ったら、おそらくピクシー、マルケスをはじめとしてスーパーな個人技を誇ったプレーヤーに慣れている名古屋サポをも歓喜させるようなプレーを一試合の中で何度か披露出来るんじゃないかと。それぐらい藤田の持つ技術は高い。


 と、藤田の話はまた機会を改めて書くとして、ここで話を試合に戻します。
 試合全体としてみれば、最初の30分ぐらいは「生まれ変わった」神戸が忠実で堅固なディフェンスをベースに、まだコンビネーションの出来ていない名古屋の攻撃を寸断しては(というより名古屋の自滅で)効果的なカウンターを仕掛けチャンスを作る展開だったが、慣れない芸風に早くもスタミナ切れを起こしたのか、神戸は30分を過ぎた辺りで早くも中盤のチェックが甘くなる。そして名古屋もようやく、アタッキーングサードで全くパスがつながらなかったそれまでの展開から脱却し、バイタルエリアのあたりでボールをキープしてラストパスを狙えるようなシーンが増えてきた。
 後半に入ると頭こそ再び神戸が息を吹き返したがまたしても時間とともに沈静化。そうなると各プレーヤーの個人技に勝る名古屋が次第に中盤でボールをキープ出来始め、ボールを回すだけでなく、フィニッシュへとつながる「攻撃の形」らしきものもおぼろげながら見えてきた。ラストパスの部分で精度を欠いたり、ややヒネリが足りなかったりしてゴールには届かなかったが、次節以降に向けて光明が見えてきたと言ってもいいのではないだろうか。

 まあ俺も今だからこう言えるのであって、踏みとどまらなければならない大事な試合で最下位の神戸相手に勝ち点3をやすやすと献上したと知った直後は、怒るやらあきれるやらで内容について見る気にもならなかっただろうし、まして現地で観戦なんてしてた日には相当に色々な感情がこみ上げていたに違いない。

 内容はともかく、結果としてみれば痛い星を落とし、事実上これで優勝争いからは完全撤退で、チームはこれから何を目標に戦っていくのだろうか。目標を失って、試合の度に「相手は優勝争いをしているチームでモチベーションが高かった」「相手は降格争いの中にあって必死さがあった」とかいうのだけは勘弁してもらいたいな。
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by tknr0326g8 | 2005-08-26 05:12 | Game Review
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