Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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J1 2008 第22節 vs鹿島 @カシマスタジアム
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しばらく見ないうちに青木をアンカーに据えたフォーメーションがすっかりサマになって94年アメリカW杯の頃のブラジルみたいになっていた鹿島に対して、中盤のキーマンであるマギヌンを欠き、センターバックも三木と吉田がおそらく公式戦で初となるコンビを組んだ名古屋は、キックオフから鹿島のパスワークに翻弄され、開始早々に高い位置からのプレスで吉田がボールを奪われてカウンターを浴び先制点を献上。一向に収まる気配のない混乱を前にして俺の頭によぎったのは、 古賀が泣き、ピクシーが「サッカー人生最大の屈辱」と吐き捨てた97年の虐殺劇(0-7)だった。しかし陥落寸前の名古屋に上を向かせる勇気を与えたのもまた鹿島自身で、キックオフからやたらと名古屋の攻撃をファールで止めていたツケを吉田麻也による名誉挽回のリーグ戦初ゴールという形で払わされることになった。

この試合で名古屋が鹿島に対して後手を踏んでいたのはフォーメーションのズレが原因だった。マギネンの出場停止により小川とともに杉本がサイドハーフを担当していた名古屋は、この二人がまるでウイングのようなポジションを取っており、その流れから相手ボールになると鹿島の両サイドバックの対応へと向かうことが多かった。そうなると鹿島自慢の中盤である本山、ダニーロ、小笠原、(青木)を名古屋は中村と吉村の二人で見なければならない。正直なところ1対1でも分が悪いマッチアップなのに数的不利まで強いられては勝負は火を見るより明らかだった。この試合での吉村と中村は小笠原(や青木)がボールを持つと前からプレッシャーに行くことが多かったが、逆に彼等の背後のスペースではダニーロや本山がフリーになっているシーンがよく見られた。これによってDFラインの三木や吉田は自分たちの目の前のスペースでフラフラする二人のアタッカーを気にしながら、DFとDFの間をいやらしく突いてくる機動力に優れた2トップに対応しなければならなかった。何気ないロングボールに対して飛び込んで来たマルキーニョスや興梠に対して三木のアクションが遅れて時々あたふたしたように見えたのは決して三木の判断が遅いからではない。

その意味で後半1点のリードを奪った後で杉本に代えて山口Kをそのまま同じポジションに投入したのは全く無駄な交代だったと言える。この交代を見ても、中盤のディフェンスで後手を踏んでいるという認識がピクシーにもあったことは確かだが、これは「人」ではなく「フォーメーション」の問題なのだから、交代のカードを切るのであれば最初から米山をアンカーに投入して4-3-3もしくは4-1-4-1の形にすれば済んだ話だった。米山はその後一拍置いて投入されたわけだが、チームはそのために玉田を下げなければならず、杉本と玉田が二人とも消えたピッチからはカウンターで点が奪う可能性も消滅してしまった。

こうなれば名古屋は残り時間なんとかしてリードを守り切るだけ。そして「Never give up!」を信条とするチームは最後まで集中を切らさずよくファイトしていた。最後にバヤリッツァがリベロの位置に入って5バックになってからはまさしく守備一辺倒だったが、鹿島が執拗に狙っていたDFとDFの間のスペースが消えたことに加えて、若きDFリーダー・バヤリッツァがよく声を出してDFラインを引っ張って良いリズムで守れていたので、押し込まれながらも不思議と失点する気は全くしなかった。攻撃だけでなく守備にもリズムというものはあるものだ。

カシマスタジアムで22戦22敗という長きに渡る呪いを解いたこの試合に立ち会えたことは、一ファンとして幸せの極みだが、チームにはこれで満足せずこのシーズンをぜひ特別なものにしてもらいたい。まだまだ破らなければいけないもっと大きな壁はあるのだから。
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by tknr0326g8 | 2008-08-23 22:20 | Game Review
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