Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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J1 2010 第13節 大宮×名古屋 @NACK5スタジアム
 W杯による中断期間を経て二ヶ月ぶりに再開したJリーグ。名古屋にとって不安要素があるとすれば、W杯組のコンディション以上に、チーム自体がこうした長期中断後のゲームに弱いということで、試合勘の鈍ったまま臨んだ試合で醜態を曝け出したことはこれまで一度や二度ではない。さらに間の悪いことに、今週のミッドウィークにはACL出場組の未消化試合が他チームに先駆けて開催されており、今日の対戦相手となる大宮は等々力で川崎の相手をしている。初夏の中二日とは言え、長い中断後の二試合目でいきなり大宮に疲労が出ているとは思えないし、仮にあったとしてもむしろ真剣勝負を一試合こなしたことによる試合勘のリカバリーがそれを補って余りあるようにも感じる。名古屋にとってことの試合はいつにもまして難しいものになるであろうことは想像に難くなかった。

 名古屋はケネディを中央に、右に金崎、左にマギヌンという3トップ。インサイドハーフには中村とブルザノビッチといういずれもシュート力に秀でた選手がいてアンカーにダニルソンが入った。DFラインは右から田中隼麿、闘莉王、増川、阿部、そしてGKが楢﨑という布陣だ。三日前に帰省先のブラジルから帰国したばかりの闘莉王を先発起用してきたことは大きな驚きだったが、まあピクシーならやりかねない選手起用だ。一方でこれまで寵愛してきた玉田や小川をベンチに置いてチーム全体のバランスを優先しているあたりは、ナビスコカップを含む中断前の数試合やキャンプを通して一定の整理が出来たということだろうか。欲を言えば、ベンチに一人ぐらい生え抜きの若手を入れておいて欲しいところだが、特に今シーズンのピクシーにそれを望むのは酷かもしれない。

 試合でキックオフからペースを掴んだのは名古屋だった。高速のサイドチェンジがビシビシとピッチを左右に飛び交い、それに合わせて選手達も連動した動きを見せている。そこでは冒頭で書いたような試合勘の不安は完全に消え去り、むしろそれどころかキャンプを通して集中的に作り上げて来た良いプレーイメージをそのままこのピッチに持ち込んでいるような印象だった。
 よくよく考えてみればピクシーが監督になってからの名古屋は開幕に滅法強い。そしてそれはキャンプでチームとしてのしっかりとした方向付けが出来ていた証でもあった。今シーズンの名古屋は元旦まで天皇杯の決勝を戦ったおかげで、その後新シーズンに向けて急ピッチでの仕上げを強いられた上に、ワールドカップイヤーということもあってキャンプには金崎などの「候補」も含む代表組(しかも金崎や闘莉王は今シーズンの新戦力)が合流できないまま本番(開幕)を迎えなければならなかった。そういう意味では、今回も代表組がいなかったとは言え、実質的にはこれが新チームとしてキャンプを経て迎える「開幕戦」であるのかもしれない。

 そんな名古屋の様子を伺っていた大宮に対して名古屋が思うように試合を進められなくなり始めたのが15分過ぎ。名古屋の場合、流れが悪い方に傾きつつある中でしばしば行われるアクションとして左右のポジションチェンジがある。そして金崎とマギヌンが左右のポジションの入れ替わったのもほぼこのタイミングだった。しかしその後も名古屋は完全にはペースを奪い返すことが出来ず、むしろ時間の経過とともに選手達の足取りが重くなってきて、前線でケネディが孤立していたり、攻撃は前の3人に任せっきり守備では戻り(切り替え)が遅いという前後分断傾向が顕著になって来ていた。そして前半も終了しようかというタイミングで名古屋にとって最悪のアクシデントが起きる。
 前半の比較的早い時間でイエローカードをもらっていた段階で「ひょっとしたら危険かもしれない」とは思っていたが、前半42分にブルザノビッチが2枚目のイエローカードをもらい退場。一枚目は苦手な(決して上手くない)守備に奔走した上での空回りした前のめりなファール、二枚目は何も考えずにやってしまった感じのいかにも軽率なファールとブルザノビッチらしい退場劇だったが、残されたチームは残りの45分余りを10人で戦うハンディを負ってしまった。
 この試合の主審は運動量が少なくボール(現場)から遠い場所でのジャッジが目立っていた。そして選手(やベンチ)のリアクションを見ながらカードを含む判定を行っている節が伺えただけに、ブルザノビッチとしては気を付けなければいけなかったのだが、このプレーはあまりにもインテリジェンスに欠け軽率だと言わざるを得ない。

 後半になると試合は前半とは打って変わり、大宮がボールをポゼッションしながらピッチを広く使ってボールを動かし、名古屋がしっかりとブロックを作ったディフェンスからカウンターを狙う形になった。ここで名古屋にとって良かったことは、ブルザノビッチが退場になった後から中村が一列下がってダニルソンとWボランチを組むようなフォーメーションに変更していたことで、これによって試合の立ち上がりに鈴木や藤本といった大宮のサイドハーフの選手に面白いように使われていたダニルソンの両脇のスペースを多少は埋められるようになった。名古屋が危ないシーンを迎えるとすれば、共にボールへの喰い付きがいいダニルソンと中村が二人揃って出て行った末に振り切られた時ぐらいだろうか。あとは強いて挙げるとすれば、名古屋DFのセンターは強いのでサイドからいくらクロスボールを上げられても大抵は安心して見ていられるが、これだけ左右に振られると試合終盤まで体力が持つのかどうかという不安だけだ。

 時々ボールを引っ掛けて繰り出すカウンターによって一人少ないながらも攻撃を繰り出していた名古屋が11人の大宮に対して先制ゴールを奪ったのは後半31分。セットプレーからの二次攻撃でボールをキープした闘莉王が右サイドをエグッてGKとDFラインの間に入れた低くて速いクロスボールにケネディが飛び込むという名古屋としては仙台戦のリプレーを見るかのようなコンビネーション。今シーズンの名古屋にはセットプレーとともにこれがある。

 その後、名古屋は試合終了間際に中央での跳ね返し&シュートブロック要員の補強として千代反田を投入して試合をクローズしにかかる。千代反田の代わりに中村を下げてしまったことで、せっかく跳ね返しても大宮の二次攻撃に対するDFラインの前でのフィルターがなくなってしまって思わぬピンチを招いていた名古屋だったが、なんとかこれを凌ぎ切って苦しい試合で勝ち点3を死守することに成功した。千代反田を入れるという発想は悪くないにしても、あそこで代えるなら心を鬼にして(後半途中出場)玉田だろうと言いたいところだが、スタープレーヤーへの配慮も含めたピクシーの判断なのだろう。兎にも角にも勝ち点3を獲得出来てよかったし、これをこの後の清水との上位対決や苦手としている東京との対戦に向けた景気付けとして欲しい。
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by tknr0326g8 | 2010-07-18 02:33 | Game Review
キリンチャレンジカップ2010 日本×韓国 @埼玉スタジアム
 日本代表でプレーする本田を観るたびに「(本田の良さを引き出そうと思えば)本田と中村の共存は有り得ない」と書いてきたが、それ以前の問題としてこの試合での本田のパフォーマンスは、韓国相手にショッキングなほど通用していなかった。そしてそれは高校時代から本田を追っ掛けている俺からしてもちょっと記憶にないぐらいのレベルでもある。かといって本田が身体を張らずに安全地帯でパスを捌くような役割に徹すればいいとはこれっぽっちも思わないが、本田を日本代表のアイコンに仕立てあげようとする昨今の過熱気味な報道とともにW杯に向けては心配な要素には違いない。
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by tknr0326g8 | 2010-05-25 01:28 | Game Review
J1 2010 第10節 浦和×名古屋 @埼玉スタジアム
 昨シーズンはクラ選(U-18)と重なってしまったために、個人的に二年ぶりとなる埼玉スタジアムでの浦和戦。一昨シーズンの二試合(リーグ戦&ナビスコカップ)のイメージからするとかなり評価はポジティブだが、スタジアムに向かう率直な気持ちは期待と不安が半々だった。その理由はピクシー率いる名古屋とフィンケ率いる浦和はそれぞれが苦手なタイプ同士による試合だからだ。

 浦和の弱点が山田暢久と坪井のセンターバックコンビに高さがないことであるのは明らかだ。また上手く機能している時はショートパスをつなぐ距離感がとてもいいフィンケのサッカーはその距離感(コンパクトな陣形)を保ったまま守備に移行できるという強みも持っているが、コンパクトもなにもその網に掛かるところに相手がボールを入れてこなければどうしようもない。そう考えると前線にケネディという絶対的な高さを誇るターゲットを擁し、パス回し自体も基本的にはDFラインで横に動かしたり素早くサイドに付けたりしながらケネディ目掛けて放り込むのが常の名古屋との相性は最悪と言っていいだろう。名古屋からしてみれば変な色気を出して中へと入って行かないことが勝利への近道だ。
 一方で中盤に攻撃的な(守備ではあまり気が効かない)プレーヤーを並べる名古屋は守備に回ると中盤のフィルターが全く効かないので、どの試合でもピッチのど真ん中でガスガスとクサビのパスを通されている。ピクシー好みの大柄で屈強なCBが出足良くこれをカット出来ているうちはいいが、試合終盤になるとさすがにその出足も鈍って来るし、ポストプレーから(ワンツーのような感じで)二列目に飛び込まれるともう対応の余地がない。フィンケのもとで生真面目にポスト役を引き受けているらしいエジミウソンにどんどんボールをつけて基点を作られ、田中達也や柏木そしてポンテといった二列目のアタッカーにボックス内へと飛び出されたり、ポッカリ空いたバイタルエリアから積極的にミドルシュートを狙われたりしたら埼玉スタジアムが浦和のゴールショーの舞台と化してもなんら不思議ではない。

 そんな先入観を具現化したかのような試合は、今シーズン完全に頭が混乱したままプレーを続けている小川がGKとの1対1で見ているこちらが拍子抜けするぐらいアッサリとシュートを外したプレーから始まった。

 前半からハイペースで飛ばして主導権を握った名古屋は、小川の致命的なシュートミスこそあったものの、コーナーキックの流れから三都主が浦和のプレッシャーの行き届かないタッチライン際でボールを拾いそのまま上げたハイクロスにケネディが超人的な高さのヘディングで合わせるという予想通りの展開で先制に成功する。その後も慌てず無理せず「安全地帯」でボールを回す名古屋は、W杯日本代表を座を賭けた田中達也との直接対決に燃える玉田が浦和が網を張っている中央にドリブルで突っ込んで行く(そして潰されてボールを失う)のを除けば盤石と言っていい試合運びだった。その後飛ばし過ぎがたたってか足が止まり始めた名古屋に対して浦和が猛攻を仕掛ける時間帯もあったが、キレイなパスワークとフリーランニングでサイドをいくら崩されても、中央での「弾ね返し」に滅法強い名古屋にとってそれは全く脅威ではない。名古屋にとっての危険度のバロメーターはあくまで(前半は極端に少なかった)エジミウソンのボールタッチであり、サイドからの崩しと関連付けるならバイタルエリアへマイナスの折り返しを入れられることだが、幸い浦和はそういったプレーをあまり仕掛けて来なかった。

 後半の開始に当たり浦和の選手達が早々にピッチに現れた後も名古屋の選手達がなかなか出て来ないのを見てふと頭をよぎったのは二シーズン前のフクアリでの千葉戦だった。事故のような小川のゴールで先制しハーフタイムにたっぷりと時間を割いたにも関わらず、後半開始早々にアッサリと連続失点を喫したあの試合。そしてその悪い予感は的中する。
 後半開始からものの10分で同点そして逆転ゴールを許した時間の中ではやはりエジミウソンのボールタッチの増加が際立っていた。同点ゴールはサイドを崩されてマイナスの折り返しからミドルシュート、逆転ゴールはエジミウソンのポストプレーからポンテ、原口に飛び出されて決められるあたり、両ゴールともなんとも名古屋らしい失点だった。後半頭からFW(怪我の玉田)に代えてボランチ(吉村)を一枚増やしたにも関わらずなぜバイタルエリアが空いてしまうのか?という問いは愚問。そこが名古屋のアイデンティティであり名古屋の名古屋たる由縁だ。
 一昨年まで名古屋ユースで監督をしていた朴さんが当時から「早く(UEFA)チャンピオンズリーグとかの舞台でプレー欲しい」と規格外の賛辞を送っていた“怪物”が一年間ゴールから遠ざかっていれば、その感覚を取り戻させてあげるのも名古屋の役割。自分たちのチームが他所から掻き集めて来たベテラン選手ばかりならせめて相手チームの若手育成には協力しようという使命感でもあるのだろうか。

 逆転された後は時間の経過とともにみるみる同点に追い付く可能性が目減りして行ってしまった名古屋。中でも致命的だったのは三都主の交代だ。名古屋にとってはケネディ目掛けてクロスボールを放り込むことが唯一にして最大の得点機なのだから、チームで最も精度の高いクロスを蹴れる三都主は多少動きは落ちたとしてもピッチに残しておきたかった。阿部を残しておけば十分に事足りるという考え方もあるが、今シーズンはスタメンで出たりベンチスタートだったりといったことが続いていたせいかクロスの精度がすっかり劣化している阿部は、そのチューニングにまだまだ時間が掛かりそう。
 そんnこんなでケネディへの放り込みという決してクオリティが高いとは言えない戦い方すら完遂できなかったのがこの試合の名古屋だった。その戦い方に変化を付けられるマギヌン、金崎、(後半から)玉田を欠いていたとは言ってもこれでは到底勝ち目がないし、逆にそれを徹底できれば彼等不在でも名古屋には十分勝機があったはずだ。

 瑞穂や豊田では到底お目に掛かれない5万人の観衆を前にしてアドレナリンが出まくっていたのか、最後はこれがまるでトーナメント戦ででもあるかのように全員攻撃を繰り出してはカウンターから絶体絶命のピンチを招いていた名古屋。チームのスローガンである「Never Give Up!!」を体現していたその部分については今後に通じるものだと思いたい。
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by tknr0326g8 | 2010-05-05 21:32 | Game Review
J1 2010 第9節 名古屋×山形 @瑞穂陸上競技場
 第9節にしてようやく今季リーグ戦初観戦。闘莉王、金崎といった代表クラスの補強に成功した今シーズンの名古屋は戦力的には十分優勝を狙えるポテンシャルがあるが、強大な戦力がまだ上手く噛み合っていない印象。昨シーズンの終盤から取り組んでいる新フォーメーション・4-1-4-1もむしろ完成度が落ちてしまったかのようだ。もっとも、完成形へと近付いていた昨シーズンの4-1-4-1が天皇杯の決勝でG大阪にコテンパンに叩きのめされ、新たな戦力も加わった中での再構築を行っているのだから、ある程度の「スクラップ&ビルド」は仕方のない部分ではあるのだが。

 腰痛によりここ二試合を欠場していたケネディが戦列に復帰した名古屋は、大型補強のかいもあって、マギヌンをお約束の負傷離脱で欠いてもベンチ入りメンバーまで隙のない構成。ポジションバランスを考えれば巻をベンチに残して吉村かダニルソンのどちらかをベンチから外してもよかった気がするが、少なからずチャンスをもらったここ二試合で巻が全く成長の跡を見せられなかった(プロ入り後三年間で伸びたのは髪の毛だけだったことが分かった)ことを考えれば、巻がベンチ入りメンバーから外されるのは当然の流れかもしれない。もともと「パワープレーでCBが前線に上がって来た」ようなプレースタイルの巻をベンチに入れておくぐらいなら、実際この試合でやったように最終ラインに千代反田を入れて闘莉王を前線に上げれば事足りてしまうし、ひょっとしたらその方がクオリティの高いパワープレーが出来るかもしれない。

 名古屋のスタメンは三都主をアンカーに据え、中村とブルゾという“天然系”のアタッカーをインサイドに配置する4-1-4-1。

         ケネディ
玉田                 金崎
     ブルゾ     中村

         三都主

阿部    増川    闘莉王   田中

          楢崎

 (マギヌンがいない)現状ではこれが名古屋のベストメンバーなのではないかと思う。唯一あるとすれば、足首に痛みを持ちこの試合でも終始足を引きずっていた玉田の代わりに小川を入れるかどうかだが、不調を伝えられる今の小川に栄光のナンバー10の面影はない。W杯に向けてリーグ戦でアピールしたい玉田のモチベーションに賭けるのが賢明な判断だろう。
 小川について言えば、1月の天皇杯決勝で同じフォーメーションのインサイドでプレーしたものの全く機能せず、今シーズンも開幕戦でG大阪の遠藤にほとんど子供扱いされて格の違いを見せ付けれれたあたりからインサイドでのプレーに暗雲が漂い始めていた。本人も悩みながらプレーしていたようだが、名古屋の10番を背負うプレーヤーがサイド限定でしか輝けないのでは話にならないし、もっとプレーのディテールに拘って突きつめて行かない限りは、インサイドはおろか得意のアウトサイドでも輝きを失ってしまうだろう。

 一方で今シーズンアンカーとして起用されることもあった中村については、チーム入団から10年の年月を経てもなも成熟の時を迎えないその「野性味」を生かすためには、戦術に縛られず好きなだけボールを追いかけられ、また予測不能なスペースへの飛び出しで相手DFを混乱に陥れるこのインサイドがベストポジションだと言うことが出来る。そして実際にこの試合での先制点はそんな中村の野性味溢れるボール奪取がキッカケだった。
 まるでライオンがシマウマを襲うかのような獰猛さが漂っている中村のボールへのアプローチは、その喰い付きの良さゆえに逆にアンカーに置いておくのは心許ない気がするし、その野性味ゆえにペース配分を考えずキックオフからフル回転で走り回ることで、30分を過ぎた頃には早くも膝に手を当てて苦しげな表情を見せるシーンが増え始めたあたりも不安要素ではある。(まったく試合とは関係ないが、もし「動物」でサッカーチームを作るとしたら、ライオンをワンボランチに入れるチームはあるだろうか?象はやはりCBだろうか?キリンとチーターで2トップを組むのが王道だろうか?)

 そんな中村に代表されるチームは、気温の影響もあってか時間とともに運動量が落ち始めて、前半「終了間際」という時間帯に毎度の失点を喫してしまう。闘莉王と増川のハイタワーが並び立つマリオットアソシアのようなCBはサイドからハイクロスを放り込まれてもよっぽどなことがない限り失点にはつながらない安心感がある。しかし問題はトップの足元にクサビのボールを付けられた時で、全くフィルターの役割を果たしていない中盤がガスガスとクサビを許して、そこを基点にワンツーなどでDFラインを突破されるのが名古屋お決まりの失点パターンだ。ナビスコのFC東京戦やその後のリーグ戦でも新潟戦、広島戦とみな同じパターンでやられており、それが試合終了間際に続いたのは、その時間帯になると疲労で足が出なくなり(インターセプトが狙えなくなり)、ボールの動きを見てしまったところでやられている。この試合でも動きの落ちていた前半終了間際にボックスの近辺及び中で足元につながれているパスを見てしまったことが失点につながった。

 名古屋の弱点を把握したければ相手チームの戦い方に注視してみるのもいい。
 この試合の山形は名古屋のDFラインからの縦パスを狙ってカウンターを仕掛けるスタイルを徹底していた。名古屋の攻撃においてビルドアップの起点は常にDFラインであり、中盤にはDFラインからボールを受けてそれを左右に大きくスイングさせるような選手がいない。単調な名古屋のビルドアップに対して、前半には山形のその形がハマった場面が何度かあった。
 そして山形でもうひとつ目立っていたのが遠目からのシュート。ボールを失ったら名古屋のDFラインは一目散に後退する。前線のプレーヤーの攻守の切り替えも遅いので、スペースが出来てミドルシュートが狙えるという事前情報があったのだろう。同じ理由でサイドに流れた選手が深くエグってマイナスにパスを折り返すのも名古屋対策の鉄板だ。

 選手個々は頑張っていても運動力が少なく有機的にそれがリンクしていない名古屋は、最後は闘莉王が劇的な決勝ゴールを叩き込んで山形を振り切ったものの、一段力の落ちる相手に必要以上の苦戦を強いられていた印象だった。優勝するためにはこうした苦しい試合を勝ち抜いていくことが必要なのかもしれないが、前節のC大阪戦といいもっと楽に勝てる試合のような気がしないでもないというのが正直な感想。あとはこの先強いチームと対戦した時にどういった化学反応が起きるのかに注目したい。次節はその格好の相手とも言える浦和戦だ。
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by tknr0326g8 | 2010-05-01 18:32 | Game Review
ナビスコカップ 予選リーグ第1節 FC東京×名古屋 @国立競技場
 昔誰かが言っていた「名古屋の半分は優しさで出来ている」というのはもはや不変の真理らしい。チーム表記から「エイト」を削っても、「Never give up!!」を信条とするピクシーが監督になって名古屋では異例の長期政権を委ねられても、アジアの舞台(ACL)でベスト4まで進出しても、ファイティング・スピリットの塊のような闘莉王を獲得しても、それはチームの根底に脈々と受け継がれていて時々こうして顔を覗かせる。
 「今シーズンこそ悲願のリーグ優勝を!」と意気込み、アジアと掛け持ちするわけでもないのに大型補強を断行してローテーションが可能な巨大戦力で2010シーズンへと突入したチームが、メンバー的にも1軍半でチームとしてのパフォーマンスも決して良くないFC東京に対して、引き分けるのがやっとという惨状は、フィールドプレーヤーの4割が新加入でまだチームにフィットし切れていないという事実を差し引いたとしてもブーイングに値するものだったと俺は思っている。
 それでもせめて二度もリードを奪った試合で勝ち切ってさえいえば、「勝つために組織されたチーム」の最低にして最大のミッションコンプリートに対して試合後に拍手を贈る気持にもなれたのだろうが、ユース上がりの若手の大粛清を行い、親会社の援助によって「完成品」をかき集めたチームが、ついこの間まで高校生だったFC東京ユース出身の重松に同じくユース出身の大竹とのコンビネーションから劇的なロスタイム同点ゴールを奪われるあたりはもはや皮肉を通り越して屈辱に近い感情を覚える。

 個人技主体ながらもその集積によって攻撃をオーガナイズして決定機を演出し、また個の能力を最大限に生かせる場の一つであるセットプレーから得点を奪えるようになったことはチームとしての収穫。昨シーズンまでは阿部に頼りっ切りだった最終ラインからのビルドアップも、阿部と闘莉王の二枚で行うことで、FC東京の前からのプレッシャーを苦もなくいなしていた(FC東京は名古屋最終ラインへのプレッシャーが無意味だと分かるとそこからボールを受けるアンカーのダニルソンに狙いを切り替えていた)。ただ今後ピクシーには「勝つために組織されたチーム」から矛盾点をひとつづつ取り除いていくいく作業が求められるだろう。

 例えばピクシーたっての希望でポジションバランスを無視してツルヴェナ・ズヴェズダから連れて来られたブルザノビッチの扱い。後半開始早々に得たPKのチャンスで、東京GK・権田のPKストップにスタンドのFC東京サポーターは試合に勝ったかのような盛り上がりを見せていたが、目の前でその一部始終を見せられた名古屋サポーターの半分くらいはブルザノビッチがボールをセットした時点(キッカーがブルザノビッチと判明した時点)で追加点を喜ぶ可能性をなかば放棄していたに違いない。とてもヨーロッパから来たプレーヤーとは思えない、二流の日本人プレーヤーのような「間合い」を持つブルザノビッチは、当然のことながらドリブルで突っかければ相手DFに引っ掛かって相手チームのカウンターを誘発するシーンをどの試合でも連発しているし、アタッキングエリアにおいてもプレーの選択に意外性がない(これまたの日本人と大差ない)ので、チームにおいて決定的な仕事が出来ていない。そんなブルザノビッチがPKキッカーとなったところで、日本人(権田)の間合いにシュートするであろうことは、蹴る前から予想出来ていたことだった。もちろん日本人ではなかなか探すのが難しいサイズと技術のバランスやそれに起因する懐の深さや身体の強さを生かしたボールキープ、強烈なミドルシュートなどの見どころは持つプレーヤーだが、日本人でもないブルザノビッチの育成のために勝利を犠牲にするいわれはどこにもない。

 また試合の中で見ても東京の左SBは明らかに「穴」だった。かつて古賀正紘がカシマスタジアムで大量8点を喰らって試合後号泣していたのを彷彿とさせるぐらい混乱していた東京の左SBを、名古屋は勝つためには徹底的に狙うべきだった。どうしてそこを狙わなかったのかは分からないが、そこにもまた名古屋が常勝チームに成り切れない要因の一つがあるのかもしれないし、グループとしてのボールキープが必要な場面で、ブルザノビッチや小川のいい加減なパスによってボールを失っていたシーンなどを見ると、ボール回しでミスした後に周りのチームメートの爆笑が聞こえてきそうな普段のヌルいトレーニングが垣間見られた気がしたのは気のせいだろうか。それらのシーンだけ見てもこのチームには勝利に対するストイックさが決定的に欠けているし、それを身に付けない限りはいくら戦力補強をしても優勝などはままならないだろう。
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by tknr0326g8 | 2010-04-03 13:57 | Game Review
天皇杯 決勝 G大阪×名古屋 @国立競技場
 実に10年ぶりとなる名古屋の天皇杯決勝進出。開幕から15年以上の月日が経過しているというのに未だリーグ優勝を成し遂げていない名古屋にとって唯一獲得したことがあるタイトルがこの天皇杯ということもあり、またかつてアーセン・ベンゲルやジョアン・カルロスが作り上げたドリームチームが元旦の国立競技場で鮮烈なイメージを残したこともあり、名古屋にとって天皇杯決勝は勝つものという固定観念が出来上がっているのは否定できないところ。一ファンの俺ですらそんな状態なのだから、選手として二度の天皇杯制覇を経験した監督のピクシーがそれに似たような楽観論に囚われていても何ら不思議ではなく、それが結果的には両チームの現時点での実力差をそのまま反映したようなスコア(1-4)になって顕在化してしまったのがこの試合だった。

 試合全体を通して最も顕著であり象徴的だったのは、名古屋には遠藤も明神もいなかったということ。中盤の底で攻撃のタクトを振るいチャンスと見るや自ら仕掛けることで自身の2ゴールを含め後半に試合を決めた3ゴールすべてに絡んだ遠藤。ケネディに対して入ってくるタテパスのコースを切って後半はケネディに仕事をさせなかった明神。もちろんその二人を含むG大阪の中盤のクオリティは一朝一夕で作られたものではないが、彼らに匹敵する存在が名古屋にはいなかった。前半に同点ゴールを決めた中村やアンカーの位置でこのところ安定したパフォーマンスを見せている吉村は確かにピクシーの求めることは実践出来ていたかもしれないが、彼等のプレーが試合の趨勢を決めるようなものでなかったことは、勝ち越しを許した後にピクシーが切り札(巻と三都主)の投入と引き換えに彼等を下げてしまったことを見ても明らかだ。そしてチームの中では期待の生え抜きで将来そんな(遠藤のような)存在になってくれるのではないかと期待されている10番・小川に至っては、4‐1‐4‐1でいつものアウトサイドではなくインサイドハーフとして起用されたこの試合で全くその期待に応えられず、その目に余るパフォーマンスに見兼ねたピクシーが前半25分頃にはアウトサイドにいたマギヌンとのポジションチェンジを指示。しかし本来のアウトサイドに持ち場を移してからも主にプレーしていた左サイドではG大阪の元日本代表右SB・加地亮に完封されて結局良いところのないまま後半途中にブルザノビッチとの交代を命じられてしまった。玉田とともにピクシーから絶大な信頼を得ている小川がそのパフォーマンスを理由にこうして試合途中で交代させられてしまうのは本当に珍しい。

 今年のACLで日本勢として唯一準決勝進出を果たした名古屋がCWCに出場していた場合を想定して組まれたというこの天皇杯のスケジュールは、準々決勝から準決勝までおよそ半月の間隔が開き、準決勝から決勝までは中2日という変則スケジュール。基本的にそうした中断期間におけるチーム状態の調整が上手くない名古屋は29日の準決勝・清水戦では久々の実戦ということもあってか相手よりも先に足が止まり始めていた印象だったし、その清水戦で延長も含めれば120分を戦い抜いて中二日で迎えるこの決勝戦をどういった状態で迎えるのかはかねてからの不安要素ではあった。名古屋にとって楽観的に考えるならば、こういうトーナメントでは得てして苦労して勝ち上がってきたチームの方がすんなり勝ち上がってきたチームよりも優位だったりするので、三日前にお互いに久々の公式戦という中、清水との文字通りの死闘を勝ち抜いてきた名古屋と仙台を一蹴してきたG大阪とであれば名古屋の方が優勢であるという見方もできる。一方でG大阪にとってのアドバンテージは、この決勝戦に向けて、つい三日前に同じ会場を使って調整を兼ねたリハーサルを行なえていたということ。名古屋に勝ち目があるとしたら、三日前の試合に勝った勢いをそのまま相手にぶつけられる試合序盤に先制点を挙げてそのまま相手を呑み込むしかない。拮抗したまま長期戦にもつれ込めばフィジカル的にも名古屋の不利は免れないだろうし、試合巧者のG大阪が優位なのは目に見えている。
 そんな状況下でピクシーがこの試合に向けて採った策はどちらかと言えばコンディション重視で、三日前の清水戦の負担を軽減すべくターンオーバーを用いた選手起用だった。常々「ひとつのポジションに三人の選手(選択肢)が欲しい」と語っているピクシーにとって大きな故障者がいない今の状況は願ってもないシチュエーション。バヤリッツァ、増川、吉田の三人を順番に回すCB、マギヌンとブルザノビッチを交互に使う攻撃的な中盤、三都主、中村、吉村の三人が(その用途にも応じて)均等に起用されるセンターハーフとかなり理想的な状態で選手を使い廻すことができる。GKの楢﨑はもちろんのことケネディや玉田、小川、両SBといったところは不動ながら、これらのローテーションによって名古屋(ピクシー)はこの決勝戦に臨もうというわけだ。
 だが、完全な結果論で言えば、これは必ずしも上手くはいかなかった。上でも書いたような変則日程に出場停止なども絡み、名古屋のスタメンには約一か月ぶりの公式戦となる選手や同じく半月ぶりの出場となる選手が混在していた。彼らがこの決勝の舞台で最高のパフォーマンスを発揮するには少し準備不足だったかもしれない。そして名古屋が勢いよりもコンディションを重視したということは、それはすなわち(チームの成熟度も含めた)力では一枚も二枚も上手のG大阪に対して真っ向勝負を挑むということ。確かに今季リーグ戦で二戦二勝と相性の良い相手ではあるが、そのいずれもがほとんど神懸かり的な結末であり、単純に互いの力だけを比較すればG大阪の方に分があるのは間違いない。G大阪が屈辱的ともいえるリーグ戦の連敗のリベンジに燃えているであろうことを考えてもこれは得策とは言えなかった。

 試合に目を向ければ名古屋がリーグ戦終盤から採用して良い感触を維持し続けていた4‐1‐4‐1がここまで機能不全に陥ったのは初めてだったのではないだろうか。逆に言えばG大阪は名古屋の4‐1‐4‐1をよく研究していたし、試合の中でそれを見極め修正を施していた。攻守両面において機能していたはずの名古屋の新フォーメーションは、攻撃面ではその主要回路を寸断されるとともに、名古屋のフィニッシュに対して明確なイメージを持っていると思われるG大阪が最後のところで落ち着いた対応を見せるので、時間の経過とともにその攻撃からなかなかなかなかゴールに匂いが伝わって来なくなった。そして守備面においても、G大阪のストロングポイントであるパス回しがこれまであまり詳らかにされることのなかった名古屋のウィークポイントと見事なまでに合致してしまった。
 攻撃面では二人の左利きのプレーヤーを両ウイングに配置したり、全く機能しなかった小川のインサイドなど選手起用の面での失敗はあったにせよ、いくつかの欠点がこの試合で白日の下に晒されることになる。その代表的な例が玉田で、新システムでかねてからその機能性が微妙だったウイング・玉田は、微妙な位置でボールを受けては目的のハッキリしないドリブルでの仕掛けによって自ら攻撃の芽を摘んでいた。もちろんこれは玉田だけの責任ではなく、チームとしてのサポートも含めた機能性も問題でもある。例えばケネディにクサビのボールが入る度に誰もサポートに行かずその周りにはG大阪の選手たちが三人掛かりくらいでたかっていたのはその好例だ。
 守備面では新システムへの移行以後、名古屋のプレスがこれほどハマらず好き放題パスを回された試合はあっただろうか。FC東京時代から「名古屋キラー」であるルーカスに決められた先制ゴールのシーンで鮮やかなパス回しによってフィニッシュまで持ち込まれていたのをはじめ、1ボランチ(吉村)の両脇にたっぷりとスペースがある名古屋のバイタルエリアにビシビシとクサビのボールを入れてくるG大阪の攻撃に対して、名古屋は全くそれを捉まえ切れず、遅れてそこに寄せて行くと今度は後方に待ち構える遠藤にボールを戻されてそこから再びサイドのスペースなどに展開されてしまう。こうなると遠藤の掌の中でほとんどされるがままの状態だ。

 ただこの試合で名古屋がノーチャンスだったと言えばそんなこともない。名古屋の様子を伺っていた風でもあったG大阪の前半の戦い方は幸先良く先制したこともあってか、名古屋のミスを待つような消極的な戦い方で、前半終了間際に中村のゴールによって同点に追い付いた名古屋がその勢いのまま逆転ゴールを挙げていれば試合はどうなっていたか分からないし、実際後半立ち上がり何分かまではそのチャンスも十分にあった。もっともそのチャンスをもっと盤石なものとして生かすためには、ケネディに対するサポートや両サイドの機能性に更なる工夫が必要で、今シーズン終盤から天皇杯にかけて手応えを掴んできたこの4‐1‐4‐1も相手からの研究が進む来シーズンに向けては上積みがなければ同じような結果は付いてこないという良いレッスンになったかもしれない。

 Never give up!を掲げるチームにあって、最後には集中力も切れて1-4という凄惨なスコアになったこの試合。名古屋にとっては10年ぶりの天皇杯制覇と来シーズンのACL出場権獲得という二つのものを同時に失う代償の大きなものになったが、もし同じブロックに鹿島や川崎やこのG大阪がいたら名古屋はここまで勝ち上がれなかったかもしれない。その意味ではこの敗戦は妥当なものなのだろう。次は運に頼らなくてもタイトルを獲得し自力でACLに出場できるようなチームに仕上げて再びチャレンジを試みて欲しい。実際過去二回この天皇杯を獲得したチームはその過程でどんなチームと当たっても頂点まで昇り詰められるだろうという確信を感じさせるチームだったし、今回のチームは残念ながらそこまでのものがなかったのも事実だ。

 最後にこの日を最後に(ジュニアユースから含めれば)9年間プレーした名古屋を去りオランダでプレーすることになる吉田麻也。俺が初めて見たのはユース(U-18)に入ってからだが、ここまでとは言わなくても必ずチームの中心的な存在になると当時から確信されるものを持っていた。その才能が開花(ブレーク)したのが2年生の夏頃でちょうどU-18日本代表に選ばれた頃だ。3年時にはアンカーで絶対的な存在としてプレーしているのを見ていたので、むしろ一年目にセットプレーで中澤に弾き飛ばされたり、ジュニーニョはともかくとしてシジクレイなどにも緩急を使ったドリブルでぶっちぎられたりしていた姿が意外だったぐらいだが、その後は滑り込みで北京五輪代表に選出されるなど選ばれた選手でしか持ち得ない運も持っているのだろう。そして俺の知る限り今年の秋ぐらいから明らかに二度目のブレークスルーを果たした吉田の目には海外移籍が視野に入っていたに違いない。
 名古屋のユニフォームを着てピッチに立つ姿が見られなくなるのには一抹の寂しさはあるが、海外に挑戦するなら若いうちの方がいい。入れ替わりで名古屋にやって来る闘莉王がこの冬の海外移籍を回避したこともあり、日本の本格的なCBがヨーロッパに挑戦するのは(中田浩二などの微妙な例を除けば)これが初めてなので、どこまで出来るか単純に楽しみでもあるし、現時点で岡田監督の持つリストのかなり後ろの方に名を連ねている吉田が北京同様に南アフリカに滑り込むにはこれしか手はないという意味でもその成功を祈りたい。ただ名古屋ではスタンドから若干の悲鳴が上がる程度で笑って許してもらえた単純なフィードミスにしても、海外でそれを連発していては飛んでくるのは野次やブーイングであることなど、その年俸に見合ったより一層厳しい環境であることは肝に銘じておかなければならない。
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by tknr0326g8 | 2010-01-01 23:59 | Game Review
天皇杯 準決勝 名古屋×清水 @NHK総合
 チームにとって10年ぶりとなる天皇杯制覇に向けてここまで順調に勝ち上がってきた名古屋。準決勝の対戦相手となる清水は、今シーズンはリーグ戦でもシーズン終盤に向けて一時期首位に立つなど安定した力を発揮している強敵だが、名古屋にとってはピクシーが監督になってから4試合負けなしと相性が良い相手でもある。12月5日にリーグ最終戦で対戦した時にはフルメンバーの揃っていなかった清水に対して0-0と勝ち切れなかった名古屋だが、個人的な感想としては、あまり負ける気がしないというのが正直なところだ。
 若手が台頭し組織的にもソリッドでよく整備されている清水は非常に良いチームであり、逆に言えばピクシーに欠けているそれらの要素を満たしている清水はアンチ・ピクシー(というものがいるとすれば)にとってはひとつの理想的な形かもしれない。だがそんな極めて日本人的で正統派という言葉がしっくりくる清水は、同じようなスタイルに見えて実は変則派でありそれゆえの強さと脆さを併せ持つ名古屋に苦杯を嘗めるのがいつものパターンだ。変則派は安定感に難があるので長いリーグ戦で見ればその結末は分からないが、正統派と変則派が相まみえれば、変則派の前に正統派が屈するのはよくある話でもある。
 名古屋にとっての不安要素はその「変則」の象徴であるマギヌンがこの試合に出られないこと。教科書通りでもある正統派の動きを予測することは難しくはないが、守備にもあまり戻らずチームが攻撃に転た時に(良い意味での)中途半端なポジショニングからそれにアクセントをつけるマギヌンの動きは清水にとって予測不能なものであるに違いないからだ。

 名古屋の中では阿部の不在も大きな要素。マギヌンとともに阿部というパートが名古屋にとって替えが効かないもの(1/11以上の存在)であることは昨シーズン来明確になっている事実だ。そんな二人が揃って不在というのはさすがに想定外だが、そのどちらの代わりとしても(同等とは言わないまでも)一定レベル以上のパフォーマンスを示せる三都主の獲得はチームにとってスマッシュ・ヒットだったと俺は思っている。

 試合はシーズン終盤から名古屋が取り組んでいる4-1-4-1が依然上手く機能している印象。本当はブルザノビッチがもう少しケネディと近いポジションでプレー出来れば名古屋の攻撃に怖さも出てくるのだろうが、4-4-2と比べても選手同士の距離や角度が内でつないで外に展開するという名古屋のサッカーに向いていているこのフォーメーションで選手達は随分とプレーしやすそうだ。
 ただ名古屋に移籍して来てから主にボランチとしてプレーしてきた三都主だけは試合開始当初なかなか効果的なプレーを繰り出すまでには至っておらず、オーバーラップのタイミングであったり、阿部がよく見せるような(そしてそれがチームにとってことのほか大きな武器でもある)アーリークロスをケネディの頭にピンポイントで合わせるプレーに対する自身の中でのリズムを掴むのに少し時間を要してしまった。

 ちなみにこのクロスボール。「ケネディがいるのだからもっとシンプルに入れてもいい」という解説の小島伸幸の理屈は名古屋のストロングポイントとウィークポイントを把握していないからこそ言える話。確かにケネディの高さは名古屋の最大と言ってもいいストロングポイントだが、名古屋のウィークポイントはいわゆる「攻め残り」による攻→守の切り替えにあり、4-1-4-1にシステムを変更してからもそれは変わっていないどころかむしろ顕著になりつつある。簡単にクロスを放り込めば格好のカウンターの餌食になる名古屋は狙い澄ましたタイミングでクロスボールを入れなければならない。

 前半に(個人的にはダニルソンよりも断然名古屋のアンカーに迎え入れたい)本田拓也の一本のフィードから岡崎に裏を取られてアッサリ先制を許した名古屋だったが、後半になるとその三都主のアーリークロスからケネディがPKを誘い名古屋は同点に追い付く。しかし頭からかなり飛ばしていた(そしてお約束でやや長めの中断期間の調整に失敗した?)名古屋の選手達は試合終了に近づくに連れてバテバテになり足が止まり出す。そんな名古屋にとって30分の延長は過酷以上のなにものでもなかったが、楢﨑の好セーブによってなんとかこれを切り抜けると、最後の交代カードとして(同じく切り札として出て来た清水の原とは駒澤大学時代は2トップを組んでいた)巻が登場した後は清水DFを慌てさせるような反撃も見せ試合終了。
 そしてPK戦までもつれ込んだ試合は名古屋の5人目のキッカーである杉本のシュートがバーに当たった後GK(山本)の背中に当たってゴールインするという劇的な結末によって名古屋が決勝進出を決めたのだった。

 元旦を国立競技場で迎えられるのは特別なことだしファイナリストの栄光は変わらないが、ここまで来たらなんとしても優勝して来シーズンのACL出場権を獲得して欲しい。
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by tknr0326g8 | 2009-12-30 17:09 | Game Review
J1 2009 第33節 名古屋×山形 @スカパー
 中スポによれば怪我人が全員復帰しフルメンバーが揃ったらしい名古屋は(各選手のコンディションまでは分からないが)ピクシーがどういったメンバーをセレクトするのかがひとつの焦点だった。そして結果的には普段のレギュラークラスから吉田、三都主、マギヌンといったメンバーが外れたものの、ピクシーなりのバランス感覚と信頼度が反映されたスタメンは、これはこれでなるほどなと納得出来るものではあった。
 違和感を感じるとすればこのところハイレベルなパフォーマンスを持続していた吉田麻也のスタメン落ちだろうが、ピクシーの中でのCBの序列ではバヤリッツァと増川がいてそれに次いで吉田というのは開幕戦のスタメンを見れば明らかで、その評価はシーズン終盤を迎えた今になっても変わらなかったということだろう。ただシーズンを通して見れば、そんな「三番手」の吉田が最も稼働率が高く(チームの精神的な支柱とも言うべき楢﨑すらも離脱してしまった)守備陣を支えていたのだからなんとも皮肉な話ではある。
 また補強によって選手層に厚みが増したチームは負傷明けのマギヌンに無理をさせずベンチスタートにしたり、ベンチに三都主が控えている陣容などは昨シーズン来このチームにとって替えの利かないパーツだったマギヌンや阿部にもしものことがあった場合の担保として十分に機能することを先日(第31節)の神戸戦でも証明している。個人的にはそうした場面でこそ若手の台頭を望みたいところだが、大人の選手による大人のチームを望むピクシーにとって、若手選手に課せられたハードルは思いのほか高い。

 試合が始まってパッと見では、ケネディのワントップの下に玉田、ブルザノビッチ、小川といったアタッカーが並び、中村と吉村というハードワーカータイプのWボランチがそれを支えるという、ブルザノビッチのJデビュー戦となった川崎戦の焼き直しのような布陣に思えた。しかししばらく試合を眺めているとどうにも様相が違うことに気付く。ブルザノビッチが吉村の横まで下がって来てボールを運ぶ仕事をしているのはともかくとして(このチームに馴染んで少しづつ自分自身の居場所を見付けているのかなという前向きな印象)、そんな場面や吉村がボールを持った場面で中村のポジションがやけに高い。普段であれば攻撃においても守備においても吉村と常にスクエアなポジションを取ることで、攻撃では逆にパスが回しづらくなったり(サイドチェンジの際のバケツリレーくらいしか出来ない)、守備でもDFラインとの間のスペースを簡単に使われてしまう傾向にあるのがムラムラコンビのデフォルトなのだが、どういう風の吹きまわしだろうか。そしてそんな中村が単にポジションが高いだけでなく、右サイドで前方のスペースへと出て行くランニングを見せたり、普段は決して近付こうとしないペナルティエリアの中に積極的に飛び込んで行くプレーを繰り返しているのを見て、ようやく俺はこの試合の名古屋が吉村をアンカーに据えたスペイン風味の4-1-4-1のようなフォーメーションを採用していることに気が付いたのだった。やはりサッカーはスタジアムで観るに限る。

 前節の広島戦で変形の3バックを採用したのに続いて、名古屋は戦い方のベースは維持しながらフォーメーションに微調整を加えて来た。だが前節がどちらかと言えば広島の戦い方に合わせての受け身(リアクション)での変化であったのに対して、今節は相手の山形がどうこうというよりも今いる選手達をいかにして有効に噛み合わせるかという部分に重点が置かれている感じだ。そこには来シーズンに向けてという意味合いも多分に含まれているのだろう。そしてこの試合では相手の山形との間にチーム力そしてとチーム状態に大きな差があったとは言えこれがハマった。
 名古屋はケネディの一列下に配置された4人が流動的に動くことで単純に中盤の枚数を一枚増やした以上の成果を得ていた。特にサイドバックとインサイドハーフ、アウトサイドハーフの三人(右サイドで言うなら田中と中村、小川(デフォルト)、左サイドで言うなら阿部とブルザノビッチ、玉田(デフォルト))が良い感じでトライアングルを形成していることでボールがスムーズに動く。また上でも書いたように、普段は中村と吉村が並んでしまうことでセンターでは横か後ろにしか動かないボールも、吉村の脇のスペースにブルザノビッチが落ちて来て前に運ぶ仕事をしてくれることで、ピッチ中央でのボールの動きに新たなオプションが加わった。これはボールに数多く触れてこそその真価を発揮するがボランチに置いておくには心許ないブルザノビッチの活用法という意味でも一石二鳥だった。
 また互いが良い角度・距離感でパスを回せるという状況はディフェンスに回っても効果を発揮し、そこにアンカーの吉村も加わってこれまでに見たことがないような複数選手による高い位置での囲い込み(挟むようなディフェンス)を可能にしていた。名古屋でこんなシーンを探そうと思ったらおそらくベンゲル時代まで遡らなければいけないだろう。
 そして中村だ。前線で生き生きと走り回っている中村を見ているとネルシーニョ監督時代にトップ下でプレーしていた頃を思い出す。彼の持つ野性味を良い意味で引き出そうと思えばやはり攻撃的なポジションだ。それにしても普段ボランチでプレーしている時にはまるで結界でも張っているかのように決して足を踏み入れようとしないボックスに、ポジションが変わった途端に激しく踏み込んで来るこの「切り替え」はどこから来るのだろうか。ただひとつ言えることは、この試合の先制点のシーンでケネディが落としたボールに反応して走り込んだことでボックスでのマークを引き付けて間接的に小川をアシストし、ACLの準決勝(AWAY)では同じくケネディの落としに反応して自身久々となる公式戦でのゴールを挙げたように、中村が野性的なゴールへの嗅覚を持ち合わせているということだ。

 ただ、良い内容の試合だったとは言っても、全てを手放しで喜べるかと言えば決してそんなわけでもない。ケネディの負傷後、道標を失ったかのごとくチームが中盤でパスは回せても急激にフィニッシュ(シュート)のシーンが減ってしまった攻撃面もさることながら、この先天皇杯を勝ち上がることを考えれば心配なのは守備面だ。前掛かりになりがちなチームはボールを失った後そのまま前線からのハイプレッシャーによってボールを奪い返したり攻撃を遅らせているうちはいいのだが、アンカーの吉村を除けば基本的には帰陣が遅く中盤のフィルターも全く効いていないので一気にボールを前線まで運ばれてしまうことが多い。そこから先は伸縮自在の4バックがシュートコースを消しながら漸次後退しつつラインをブレークして(チャレンジ&カバーによって)相手の攻撃を封じ込めるという中盤の助けを当てにしないやり方はこれまでと変わらないと言えば変わらないのだが、ここまで簡単にアタッキングサードまでボールを通されてしまっては相手チームに強力なアタッカーがいる場合どこまでそれに耐えられるだろうか。ジュニーニョや石川直、シェルミティやヌールといったアタッカーがフルスピードで突っ込んで来たら・・・例えピクシーが信頼を寄せる4人のDFが揃っていたとしても防ぎ切ることは難しいだろう。山形戦で機能したからといって他の相手にも通用するとは限らないし、続けていけば研究もされる。これが完成形ではないのだから、まずは目の前にある最終節の清水戦を試金石としてシステムに磨をかけながらアジアに続く唯一の道・天皇杯に臨んで欲しい。
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by tknr0326g8 | 2009-11-28 23:59 | Game Review
ACL 準決勝 2ndレグ 名古屋×アルイテハド @BS朝日
 今シーズンの開幕前に名古屋がACLでベスト4まで勝ち上がるなど正直予想だにしていなかった。もちろん日本では研究され尽くしたスタイルも初の手合わせとなる海外チームに対しては有効に機能する可能性は大いにあり、その意味では昨シーズンのJリーグで見せたのと同じような快進撃が今年はアジアに舞台を移して展開されても何ら不思議ではなかったわけだが、これまでの名古屋というチーム(とそこでプレーする選手達)の悪しき伝統を考えれば、長距離の移動や過密日程を克服しその上でなお結果を残すというタフなタスクに対して名古屋の選手達が耐え得るのかどうか懐疑的にならざるを得なかったからだ。そう考えると、「ここまで来たら優勝を!」と望んでしまうのは仕方ないことだが、初出場にして日本勢唯一のベスト4に進出したことは誇るべき戦績であったと言えるだろう。

 ただこの試合に関して言えば、その内容はとても褒められるようなものではなかった。パスを走らせるためというよりはアルイテハドの選手達の足を止めるためにまるでゲリラ豪雨にでも遭ったかのように水浸しにされたピッチといい、終始名古屋寄りの笛を吹いていた主審といい、名古屋がこの試合で得ていたアドバンテージは決して少なくはなかったが、それでもなお勝てないのだから、名古屋とアルイテハドの間に横たわる力の差は決して小さくはないということなのだろう。ベンゲル風に言うなら、名古屋とアルイテハドの間には100年経っても埋められない溝が存在していたといったところか。

 最低でも4点を奪わなければ決勝に進めない名古屋は攻撃的な選手を並べた布陣でこの試合に臨んできた。かなり思い切った策ではあるが先手必勝でこれぐらいのことをしない限りこの逆境を乗り越える術はないとの判断だろう。そして試合に中ではケネディと巻というストロングヘッダーを並べた前線に対してダイレクトにロングボールを放り込むのではなく、細かくパスをつないでサイドへと展開しクロスボールから2トップの高さを生かしてゴールを陥れる戦術を徹底していた。前半の名古屋は時としてじれったく感じるほどタテにボールを入れず横にボールを動かすことが多かったが、最終ラインを中心に守備ではマークが緩いアルイテハドの特徴を考えればこれは至極もっともな作戦だった。
 しかし名古屋はそれぞれに真っ当な選手起用と戦術の噛み合わせがどうにも良くなかった。SBに小川を回すのはこのところ攻撃的布陣にシフトする際の定番になりつつあり、実際に相手の左サイドにスペースが出来ていた日曜日の磐田戦でもそこが狙いどころと見るや代理監督のボスコは途中交代で右SBに小川を投入し得点に結びつけている。しかしこの試合のようにサイドからのクロスボールをケネディと巻の頭に合わせる戦術であるならSBの小川は明らかにミスキャストだ。よりによって名古屋のアタッカーの中ではクロスが下手な部類に入る小川をSBに起用する道理はない。そして小川自身まじめな性格が災いしてか、SBという「後ろ」がいないポジションに加えて三都主とブルザノビッチのWボランチというとてもカバーが期待できそうもない状況では思い切ったオーバーラップや1対1の場面でもドリブルの仕掛けが出来ていない印象だった。おまけにその前にいるのがフル代表でいうところの中村俊輔のようなことをしている玉田では右サイドは機能不全もいいところ。こうなったらサイドアタック(クロスボール)は左サイドに期待するしかなかった。
 そんなわけでこの試合での名古屋が小川を右SBで起用したにもかかわらず右サイドで数的優位を作れず攻撃に連動性や厚みを持たせられなかったのはある意味必然だったわけだが、もしこうした戦い方を選択するのであればベンチにうってつけの人材が体力を持て余していたのだからもったいない話だ。そのうってつけの人材とは中村直志だ。中村のクロスボールはこのチームのアタッカーの中でも屈指の質を誇っているし、このところリーグ戦を(出場停止で)休んでいるために体力の消耗も少ない。おまけに周りと上手く絡みながら攻撃するタイプでもないので、玉田などと絡めなくてもその特徴が失われることはない。こういう場面で中村を起用せずしてどこで使うというのか。
 そしてサイドからの仕掛けを志向するのであればボランチにブルザノビッチというのも微妙な選択だ。確かに4点のビハインドを追いかける上でブルザノビッチの持つ攻撃力(特に前へという推進力)は捨て難いが、視野の狭いブルザノビッチよりもボールを散らせるタイプの方が結果的に名古屋の攻撃力は高まったのではないだろうか。どうしてもブルザノビッチを使うならやはり巻を外すしかない。ケネディと巻でマークを分散させるという考え方もあるが、ケネディに引き付けその裏を狙うという考え方もある。準々決勝(川崎戦)でのマギヌンや準決勝・1stレグでの中村がその好例だ。この試合ではコンビネーションこそ未完成ながら左サイドを中心として精力的にサイドのサポートにも顔を出していたブルザノビッチだったが、もっとゴールに近い位置でプレーさせたかったところだ。

 失点シーンでは攻撃から守備への切り替えの遅さに唖然とさせられた。二人三人とボックスになだれ込んでくるアルイテハドに対して名古屋の選手達は完全に置いて行かれてしまっている。連戦が続いていることや攻撃的な選手を並べていることなどは言い訳にならない。こんな状態では相手がアルイテハドでなくホンダロックであったとしても失点を防ぎ切ることは難しいだろう。磐田戦の前にボスコ・コーチが選手達に語ったというGK長谷川に対するサポートはどこへ行ってしまったのだろうか。

 ほとんどが東アジアで消化されたグループリーグから灼熱のジェッダを経てホームの瑞穂で終焉を迎えた今シーズンの名古屋の挑戦で感じたのは、初挑戦でいきなりやすやすと優勝出来るほど甘くはないという現実と、次に名古屋がこの舞台(優勝が見える位置)に戻って来る時に一体この中で何人の選手が残っているのだろうかということ。外国籍選手とキャリアのピークを迎えたり峠を越えた選手が多い名古屋では小川と阿部が残っているかどうか。吉田はおそらく海外に行ってしまっているだろう。そんな意味でもピクシーが最後に切った交代のカードが吉村と中村だったことは残念だった。チームのキャッチフレーズにもある通り最後まで諦めない姿勢を見せることも大事だが、このまたとない機会に若い選手に経験を積ませることもまた未来を考えれば大切なことだったはずだ。そんな意味でも名古屋はいつの日か再び訪れるであろうリベンジの機会に備えてクラブ全体でこの経験を伝えていかなければならない。
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by tknr0326g8 | 2009-10-28 23:53 | Game Review
J1 2009 第29節 横浜×名古屋 @日産スタジアム
 突然ピッチにボフッという乾いた音が響き、そちらに目を向けるとゴールに向かって飛んできたボールがワンバウンドしてゴールの天井に突き刺さるように飛び込んだ。沸き上がるメインスタンドに向かって満足そうに両手を挙げて応えるピクシーを見て、俺はどうやらその“シュート”を決めたのがピクシーだったということを悟ったが、この“プレー”に対して松田のご注進を受けた主審はピクシーに退場を命じてしまう。バックチャージを受けたはずのマギヌンが松田の安い挑発に乗って相手と一緒にイエローカードをもらったシーンといい、百戦錬磨を誇る横浜主力選手の審判対応が上手いと言えばそれまでだが、この試合を捌いた主審(廣瀬格)に対する俺の不信感が決定的になった瞬間だった。伏線は名古屋が後半に横浜ゴール前で迎えたFKのシーンにある。キッカーの三都主が再三に渡って壁の近さをアピールしているにも関わらず廣瀬主審は遠くから「続けろ」の一点張り。結局三都主が蹴った壁越しのFKはゴール前で落ち切らずにバーの上を通過した。このシーンをAWAY側バックスタンドから観ていると良く分かったのだが、一度は自分の足で測ったところまで横浜の壁を下げさせようと試みた廣瀬主審だったが、壁を作った横浜の選手達がそれを無視していると、あろうことか廣瀬主審は壁をそのまま放置してその場を離れてしまった。弱気にも程があるし壁の距離は明らかに近い。まがりなりにも日本のトップリーグの試合を捌くレフェリーがあんな草サッカーでもなかなかお目に描かれないような状態でプレーを続行させて恥ずかしくないのだろうか。ピクシーへの退場宣告でレフェリーとしての威厳を示したつもりかもしれないが、この有り様ではそれどころではない。

 試合は名古屋が負けるべくして負けた試合だった。水曜日にAWAY(サウジアラビア)でのACLを控える名古屋は小川と代表戦から帰って来たばかりのケネディを温存。巻とブルザノビッチで2トップを組ませるというかなり思い切った策を打ち出して来た。捨てゲームとまでは言わないが勝ち点を拾えればラッキーぐらいな感覚なのだろう。しかし横浜は日本代表・中沢を中心としたDFラインに加えWボランチに松田と河合を起用したストッパー祭りで守備ブロックを作っており、これを突き破るには巻とブルザノビッチの2トップではどうにも分が悪い。ロングボールの競り合いにおける巻の健闘は正直予想以上だったが、それ以上のこと(ただでさえ高くて強い選手が揃っている横浜のマーク(意識)を二人、三人と引き付けること)は事実上不可能。中沢であれ栗原であれよっぽどなことがない限り1対1でも高さで完全にやられることはないので、余った選手は2トップの片割れであるブルザノビッチのマークに集中出来る。ブルザノビッチは基本的にあまり動かないのでこうなるとモロに横浜のマークにつかまってしまい仕事が出来ない。中盤に下がろうにもそこには松田や河合がいるという状態だ。
 そんな展開を俺はこの試合右SHで先発起用されていた杉本をトップで使って走力で勝負させた方が横浜DFとしては嫌だろうなと思いながら観ていた。かつてフェルフォーセンがガチガチの4-4-2の布陣を敷いてここ日産スタジアムで横浜に完勝した時のアレだ。巻が予想以上に(当時のヨンセン並には)中沢と競れていたことを考えればこの戦術は決してない話ではない。逆に言えば、このままでは名古屋はせっかく後ろでボールを奪って攻め込んでもフィニッシュに辿り着けないままボールを奪い返され、再び後ろは守備に奔走することになるという悪循環が止まらない。これでは後ろの選手達の疲弊は時間の問題だった。
 そして吉田の鮮やかなゴールで先制するも、バヤリッツァの負傷と増川のインフルエンザでこの試合CBに入った竹内が定期的にやらかすマーカーを見失って相手に前に入られるというミス(去年で言えば東京V戦(河野)や天皇杯・G大阪戦(中澤))で失点し1-1の同点のまま後半を迎えた名古屋は、後半頭からブルザノビッチに代えて小川を投入し、巻と杉本の2トップが図らずも実現する。これは戦術的な意図と言うよりも単にブルザノビッチの負傷によるものだと思われるが、名古屋がこの試合で勝ち点3を取ろうと思ったらこのフォーメーションで戦っている時間帯しかチャンスがなかった。
 しかし最後のところでアイデアが足りず名古屋は横浜ディフェンスを崩し切れない。そしておそらくACLを想定したローテーションでマギヌンが下がってケネディが投入されると名古屋は実質ノーチャンスだった。確かにケネディの高さと決定力は脅威だが、これで横浜は再びDFラインの前だけに注意を払えばよく、これまた高さが自慢のWボランチと挟み込むように守ればいい。そしてそんなケネディに対して最も質の高いボールを供給出来るマギヌンがいなくなってしまってはその脅威は半減だ。そうでなくてもそこから訪れるであろうオープンな時間帯で最終ラインと前線のリンクマンとして機能するマギヌンがいなくなってしまうのは名古屋にとって大きな痛手だった。
 さらにお約束で杉本が足を攣って同じポジションの津田に交代すると俺の注目は名古屋の守備陣が試合終了まで持ちこたえられるかどうかの一点に絞られた。横浜の高く堅固なディフェンスを崩すほどのアイデアが急に湧き出て来るとは思えないことを考えれば、攻撃的な選手のみで交代枠を使い切った今となっては、前半から飛ばしていたツケが後ろの選手達に回るのもまた目に見えていた。実際攻撃がアタッキングサードにおいて致命的とも言えるアイデア不足に陥っている中、守備陣はGK広野のビッグセーブ連発でなんとか横浜の猛攻を凌いでいるような状態だった。そしてロスタイムの悲劇は三たび訪れる。こんなゴールをかつて磐田戦で成岡に決められた記憶があるが、もはやこれは戦術的な問題ではない。

 そんな名古屋において目立っていたのはやはりアジアMVP候補の吉田麻也。技ありの先制点もさることながら、DFでも持ち味であるハイボールの競り合いだけでなく、1対1でもスピードのある坂田に仕事をさせなかった。前回瑞穂で対戦した時にはこの坂田にぶっちぎられたわけだが、同じ相手に二度やられるわけにはいかないという意地だろうか。ここのことろはつなぎも安定しているだけでなく時々決定的なパスを出すこともあるし、その眼はさらなる高いステージを目指しているような気がしてならない。一年目の時はセットプレーでも中沢に子供扱いされていたが、今やそれとも互角以上に渡り合っている。ユースの時に発していたような絶対的な存在感をこのレベルでも遂に発し始めた感じだ。この試合を視察した日本代表・岡田監督の目に吉田はどう映っただろうか。
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by tknr0326g8 | 2009-10-19 02:18 | Game Review