Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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選手紹介#17 “必殺仕事人”大森征之
 昨シーズンまで名古屋で4番を背負っていた大森征之の引退がクラブを通じて発表された。名古屋に在籍すること11年、出場試合は200試合を上回る。これはもはやクラブにとってひとつの歴史であり、昨シーズン開幕前の移籍騒動で(少なくとも俺の中には)心情的なシコリを残した大森だったが、名古屋について語るならば彼についても触れなければならない。

 名古屋の背番号4と言えば、チーム設立当初からのメンバーであり二度の天皇杯優勝でいずれもピッチに立っていた“ミスター・オウンゴール”こと飯島寿久(現トップチームコーチ)が思い浮かぶが、もし将来誰かがクラブの歴代ベストイレブンを選定することがあるとすれば、その俎上に上がるのは飯島ではなくその飯島から背番号4を受け継いだ大森の方だろう。タイトルとは直接無縁だった大森だが、彼が優れたプレーヤーであったという事実に疑いの余地はない。

 そんな大森のチーム加入は1998年。時の名古屋監督である田中孝司がユース代表監督時代に大森をトレーニングキャンプに呼んだことがあり、その縁もあって当時JFLの鳥栖でプレーしていた大森を引っ張ったと言われている。今から考えれば、大森を引っ張って来たことと中谷をデビューさせたことが田中孝司が名古屋に残した数少ない功績だ。ちなみに大森が1995年に広島に入団した時の同期が久保竜彦、その広島を一年で解雇になり移籍した鳥栖でコーチとして後の大森のサッカーに対する考え方やプレースタイルに大きな影響を与えたとされるのが今シーズンから大宮の監督に就任した張外龍である。

 名古屋への入団後どちらかと言えば地味な存在だった大森だが、ほどなくして彼は「期待の若手」となり古賀・福田・中谷の通称“トルシエ・ボーイズ”とともに脚光を浴び始める。そして大きな転機は2000年。言わずと知れた清商トリオの解雇騒動によって大森は若くして名古屋の中心選手となった。トレードマークは甲高い声。入団当初に左SBとして出場した試合で目の前にいた当時日本代表の平野孝に「ヒラノっ!!」とやって少しムッとされていたシーンが脳裏に焼き付いているが、クレバ-な状況判断に基づいたコーチングは当時から際立っていたし、それは十分中心選手としてプレーするに足るものだった。
 レギュラー定着したばかりの頃はサイドバックとしてプレーすることが多かった大森はどちらかと言えば攻撃面でその特徴が際立っていた。とりわけシザースの切れ味は抜群で、爆発的なスピードがあるわけではないが、スピードを落とした状態から一瞬で相手を置き去りにするフェイントは名古屋のタッチライン際の名物のひとつだった。またスペースでボールを受けるというよりも足元でボールをもらうタイプの大森は、晩年のピクシーに「俺がボールを持ったら後ろを回れ」と試合中に怒られたりもしていたが、清商トリオ退団直後の神戸戦で左SBの位置から再三に渡り左SHの滝澤にスルーパスを送り滝澤のプチブレークをアシストしていた。
 こうしたパスの能力はストッパーに定着してからもしばしば発揮され、その右足から放たれるキックの質、戦況(狙いどころやタイミング)を見極める眼ともに申し分ないフィードは何度もチームにチャンスをもたらしている。最も印象深いのは名古屋が降格の危機に瀕していた2005年の第31節・G大阪戦で、ラスト10試合でたったの2勝(1分7敗)しか出来なかった名古屋が奪った勝利のうち1勝がそのシーズンでリーグ初制覇を成し遂げたG大阪からだったのだが、その試合で未だにサポーターの間では語り草になっている鴨川の(宮本を吹っ飛ばして決めた)先制ゴールをアシストしたのが大森からの正確でタイミングの良いフィードだった。
 そんなゲームの流れを読む力がありパスも出せる大森を中盤で起用出来ないのか?という考えはおそらく誰もが思い浮かべるはずだ。実際ペップ(グァルディオラ)を崇拝する大森も当初はボランチでの起用を望んでいたとされ、その身体にはペップ譲りのパスのリズムが染みついていた。そしてこのポジションを重視していたネルシーニョがクサビのパスを出してゲームを作れないムラムラコンビに痺れを切らして試した奥の手が大森のボランチ起用だった。しかし俺は決して悪くない感触を得ていたこの起用も、残念ながら周りや本人の怪我によって長続きすることはなかった。

 だがそんな大森もいつか振り返られる時があるとすれば、おそらくそれは晩年にDFリーダーとして強いイメージを残した「守備」の面でだろう。2002年から2003年にかけてズデンコ・ベルデニックのもと、(特定のマークを持たず)カバーリングに専念するリベロ・パナディッチともう一人のストッパー古賀正紘とともに「鉄壁」と称される3バックを組んでいたのが大森だった。正しいとか正しくないとかではなく、個人的な感想としては思い出すのもおぞましいズデンコ時代の守備的なサッカー(今の大分をもっと守備的にした感じ)において、当時浦和に在籍していた全盛期のエメルソンを完璧に封じていた大森のディフェンスは数少ない見せ場だった。パナディッチそして楢﨑という後ろ盾があったとは言え、当時の大森は「エースキラー」の称号を欲しいままにしており、その後相次ぐ怪我でそのプレーから少しづつキレが失われていったことを考えても、大森はズデンコのもとでキャリアの全盛期を迎えていたと言っていい。
 その後大森に対して絶対的な信頼を置きまた大森も心酔していたフェルフォーセンのもとでも大森は3バックの一角として不動の地位を確立していたが、結局そのパフォーマンスが怪我の前の状態に戻ることはなかった。個人的には味スタでのFC東京戦でなんでもないボールコントロールをミスった大森に対して近くにいたFC東京のレプリカを着たサッカー少年が失笑していた場面がなぜか印象に残っている。そして2007年にホーム(瑞穂)で1-4という惨敗を喫したG大阪戦で俺の中でのプレーヤーとしての大森は終わった。バレーに蹂躙されて心が折れたのか、すっかり集中力を失って次々と失点を許すると、極め付けは播戸の鋭いフェイントに尻もちをつかされるかのように振り切られ豪快なゴールを叩き込まれた。大森がここまで完全に抜き去られたのは、他には2000年のヴェルディ戦@国立競技場で飯尾一慶に抜き去られた時ぐらいしか思い付かない。W杯とも日本代表ともリーグ戦での得点とも縁がないままひたすら地道にチームを支えてきた選手のプレーヤーとしてのひとつの時代の終焉がそこにはあった。

 そんな大森は今後指導者にも興味を示しているという。人格的にも素晴らしく卓越した戦術眼も併せ持つ大森ならきっと優れた指導者になれるだろうし、その力を名古屋の育成のために貸してくれたなら幸せなことだと俺は思う。この際一年前の移籍騒動はノーサイドだ。そして偶然にも大森が引退を発表する数日前、俺はユースで往年の大森を彷彿とさせるプレーを見せる選手を見掛けた。決して身長に恵まれているわけではないが粘り強い対応で相手のアタッカーを封じ、自らボールを持てば前線に鋭いフィードを入れる19番の奥山が(彼自身はこれまでも何度か見てはいたが)どことなく大森と被って見えたのはなにかの偶然だろうか。そして大森と同じ甲高い声でコーチングを行うのは週末にプレミアカップ東海大会に挑むU-15のニッキ。トップチームで4番を引き継いだ吉田も含め大森の意思は名古屋できっと彼等が受け継いでくれるだろう。
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by tknr0326g8 | 2009-04-03 01:53 | Player's Profile
選手紹介#16 新 “名古屋のプリンス” 花井聖
 気が付けば二年前の青山隼入団時から更新していない選手紹介。
 実は昨シーズンの開幕前に「最もブレークが予想される選手」として金正友篇を書き始めていたのだが、書き切らないうちにシーズンが始まり、その金正友が開幕からいきなり2試合連続ゴールとスタートダッシュを切ってしまったことで、なんだか後出しジャンケンみたいで嫌だな・・・というわけで中断、その金正友が退団したことで完全にお蔵入りしてしまった。
 代わりに誰かと考えると、やはりはこの選手しかいない。今シーズンユースから唯一の昇格が決まり昨日入団発表行った、新 “名古屋のプリンス” 花井聖だ。一昨年まで同じくユース出身の平林(現刈谷)を「名古屋のプリンス」と呼んでいたことを考えると、なんだか節操がない気がしないでもないが、ローマで言うところのジャンニーニが平林で、トッティが花井に当たるとでも弁明しておこう。

 中学生の時からその名前をしばしば見聞きする存在だった花井を俺が初めて目にしたのは、花井が高校一年になってから。青山や根津といった三年生をベースとして、足りないポジションを吉田、新川といった二年生のタレントで補う形で構成していた当時のユースチームにあって、花井は一年生から公式戦にちょくちょく出場していた。当時のポジションは前の方だったりボランチだったり、中盤のバックアップ的な意味合いが強いユーティリティだった。
 俺はどちらかと言えば攻撃的なプレーヤーをイメージしていたのだが、実際のプレーを見る中で強く印象に残ったのはむしろボランチの方だった。いわゆるアンカーの位置に入ってボールをさばく彼は先のCWCで来日していたACミランでいうところのピルロのような役割。そのポジションでの彼のプレーは単なるバックアップの意味合いを超えて、彼がそのポジションでプレーすることによってチームのサッカーが変わってしまうぐらいのインパクトがあった。例えばその年の高円宮杯グループリーグ初戦となった浦和東戦。リアクションスタイルでありながら前線から激しくプレッシャーを掛けて来る浦和東を前に、名古屋はチームが意図するつなぎが出来ず苦しんでいた。しかし青山のコンディション不良もあって前半途中から花井がアンカーの位置に投入されると、その卓越したテクニックで浦和東のプレッシャーをスイスイとかい潜り味方へとパスの供給を見せ始めた。そしてそれをキッカケとして名古屋の攻撃にはようやくリズムが生まれていった。

 翌年春、新チームになっての関東遠征で駒澤大との試合を観た時の花井は、ポジションを一列上げ中央で攻撃的な中盤のポジションを担っていた。バルセロナでいうところのデコやシャビのようなポジション。その後はプリンスリーグ・磐田戦で3トップの一角を担っていた中田健太郎が負傷離脱した影響もあってかポジションをさらに一列上げ、高円宮杯を迎える頃にはすっかり中田健太郎の欠けた右ウイングに定着していた。
 高円宮杯で最初に花井の右ウイングを見た時は愕然とした。グループリーグ初戦となった水橋高校戦、直接FKからゴールこそ決めたものの、そのプレーは明らかに精彩を欠いており動きの量も際立って少なかったからだ。それがコンディション的な問題だったのかメンタル的な問題だったのかは分からない。だが俺には右ウイングというポジションが彼の良さを奪っているように思えた。花井はボールに触れてこそ真価を発揮するプレーヤー。そんな彼をサイドに配置するのは彼の良さを消すことになっているのではないかと。
 だが花井は第二戦以降、驚異的な順応性でそのポジションへと馴染み、そして自らの特徴を発揮し結果を積み重ねていく。花井はこの大会で(名古屋にとっての)オープニングゴールから始まり、準決勝・初芝橋本戦での決勝ゴールに至るまで5つのゴールを決めているが、このどれもが重要なゴールだった。花井は試合を決められる選手であることを自らのプレーによって証明したのだった。

 三年生になった花井はトップチームへと二種登録されプロに交じってトレーニングを積むようになる。ユースの主要なタイトルをかけた試合には出場予定だったとも聞くが、トップチームでのトレーニング中に負った負傷の影響もあって、結局今年は彼が全国の舞台に姿を現すことはなかった。花井の二種登録が良かったのか悪かったのか、現時点では結論を出すことが出来ない。ただトップチーム同様に一ユースファンの立場から言わせてもらうならば、全国の舞台で彼を見てみたかった。三年間でほとんど見られなかった中田健太郎とコンビを、アルベスや磯村、安藤といった才能溢れる二年生達との絡みを、俺は見てみたかった。そして三年生にはキャプテンの西山や三宅といったチームを引っ張っていくリーダーシップを携えた選手がいたが、花井がプレー面で文字通り中心選手としてチームを牽引することによって得られたであろうものは主にメンタル面でも大きかったはずで、それはトップチームの練習に合流して得られたものと比べても決して小さくはなかったような気がするからだ。

 プレーヤーとしての花井を敢えて誰かに例えるとするならば、トッティと梶山を足して2で割ったみたいな感じだろうか。花井の特徴はまずはその卓越したテクニック。二年生の時の高円宮杯だったか、試合前のアップ時にピッチ脇でボールにスピンを掛けながらリフティングをしていた花井を見てスタンドにいた中学生が思わず感嘆の声を挙げていたことを思い出す。ボールコントロールは一級品だ。背筋を伸ばした姿勢でピッチ全体を俯瞰できるのも彼の特徴。そして意外と身体能力も高い。ムチのようにしなる右足から放たれるシュートは強烈だし、少なくとも高校レベルにおいては競り合いで転げ回るようなシーンはなかった。
 以前花井の昇格を取り上げた中スポにあった「これといった欠点がない」というのは言い過ぎだとは思うが、俺は一日も早い花井のトップチーム出場を期待している。というよりそうしなければ一年早くトップチームに合流した意味がない。試合経験を捨ててまで取り組んだこの一年に意味合いを与えるとすれば、それはプロとして試合に出られる準備を一年早く始めたということしかない。それに(90分を走り切るスタミナはともかく)花井に必要なメンタリティはセカンドチームでトレーニングマッチをこなしている中で身に付くものではないと思うからだ。
 プロとしての花井はおそらく攻撃的なポジションで起用されていくことになるだろうが、本田の去就が微妙な現在、中盤でボールを収め、攻撃に変化を付け、そして試合を決められる選手は今の名古屋には見当たらない。ピクシーとの巡り合わせも花井にとってはラッキーだ。「スーパーハードワーク」にどこまで対応できるかは微妙だが、こういうプレーヤーにはこういうプレーヤーの接し方がある。花井がデビューし名古屋にとって不可欠な戦力となるのはそう遠い話ではないかもしれない。
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by tknr0326g8 | 2008-01-14 17:17 | Player's Profile
選手紹介#15 「浅野哲也の8番を継ぐべき男」 青山隼(32)
 2004年に日本で行われていたU-17アジアユース選手権のピッチに青山はキャプテンとして立っていた。翌年のU-17ワールドユース(ペルー)予選も兼ねたこの大会で、日本はホームの利を全く活かすことが出来ず(実際観客席もまばらだった)、組み合わせの不運(最終的に本大会出場を決めた三カ国のうち二つ(中国と北朝鮮)が日本と同じグループに入っていた)もあってグループリーグで姿を消すことになってしまったが、名古屋所属のプレーヤーが(アンダーカテゴリーとは言え)「ナショナルチーム」の公式戦でキャプテンマークを巻いていたことは俺にとってちょっとした誇りだった。

 東北の雄・FCみやぎバルセロナから名古屋ユースへと越境入団を果たした青山は、恵まれた体格とサッカーセンス、そして名古屋のコーチングスタッフに当時のU-16日本代表監督だった布の市船時代の教え子・小川誠一がいたことなどの環境面にも(おそらく)恵まれ、クラブと同時に代表でもそのキャリアを順調に積み重ねてきた。そして現在もU-18日本代表のレギュラーとして今年開催予定のアジアユース、そして来年カナダで開催予定のワールドユースを見据える押しも押されぬ(名古屋においては珍しい)全国区だ。

 そんな青山を語る時、巷では専門誌を含めて様々な形容――「守備が強い」とか「運動量が豊富」とか「キャプテンシーが強い」とかいう類のもの――が使われているが、どうも俺にはイマイチしっくり来ない。例えば「守備的」という部分に関して言えば、確かに現在のU-18日本代表での青山は柏木や柳澤といった攻撃的なプレーヤーとボランチを組む機会がほとんどでその役割は第一ボランチとも言うべき守備的なものが多く、点を奪いに行きたいシーン(試合)ではしばしばCBとしてもプレーしているからあながち外れとは言えないだろう。実際(高校レベルではあるが)ヘディングなどの競り合いにはかなり強い。しかし青山は決して守備的な(それだけの)プレーヤーではない、と俺は思う。代表レベルになれば(国内では)キラ星のごときタレントが前線にも集まっていて、青山は守備に重心を置いた自分の仕事に専念していればいいが、自分のクラブ(名古屋)に帰れば青山は紛れもない中心選手なわけで、その役割は必然的に拡げざるを得ない。名古屋での青山のプレーには、その持ち味でもある正確なロングキックはもとより、スルーパスや前線(ボックス)への飛び出しなど攻撃面でも非凡な才能を感じ取ることが出来る。ちなみにU-18日本代表の吉田監督も時として青山をCBで起用する時はその理由を「ボールを動かせるから」と言っている。
 「運動量が豊富」というのはどうだろう。これもどこかの専門誌で見かけた青山の紹介文の一節だが、なんとなくそこにはボランチ=運動量豊富とでも書いておけば無難だろうというような安易な発想が読み取れなくもない。実際の青山は無尽蔵の運動量で猟犬のようにピッチをキビキビと走り回るようなタイプではない。むしろその重そうな(まるで足に鎖で錘を繋がれたような)走り方はおそらく日本人受けしないものだろう。それは将来名古屋サポの中にもアンチ青山がウジャウジャ湧いて来てバッシングが繰り返されるかと思うと今から俺の気が重くなるぐらいのレベル。(笑) だが間違いなく言えるのは、サイズのある彼が本気でプレーすればかなりの迫力があるということだ。
 そしてU-17日本代表時代キャプテンを務めていたことで、当時のテレ朝の特集(「Get sports」)でもそのキャプテンシーがクローズアップされていたが、俺はむしろ(前にも書いたが)まだメンタル面で課題が大きいような気がしている。それは入団会見で本人が語っていたプレーのムラや好不調の波という部分にも大きく関係していることだと思う。そう言えば夏のクラブユース選手権の頃だったか「エルゴラ」で「U-17アジアユースの敗退後精神的なスランプに陥っていた」とひしゃく氏が書いていたけど、まあそれが本当かどうかは知らないが、プロになればフィジカル同様メンタル面も鍛えて行く必要があることは確かだろう。(まあこの辺は中スポの「ユースニュース」を読む限り神戸さんも認識しているようだし、ユースとセカンドチーム兼任を神戸さんが続ける限り大丈夫か)

 俺が観に行った(名古屋)ユースの試合では、代表疲れからか――東欧遠征帰りのプリンスリーグ・中京大中京戦や仙台カップ帰りの高円宮杯など――途中で(しかも前半)代えられるような試合が多かったが、彼が集中している時のプレーは確かに高校レベルで群を抜いている。決してスピードがあるわけでも走り回るわけではないが、恵まれた体格を生かして攻守に見せる迫力ある、それでいて(攻撃面に出た際の)どこかエレガントな感じがするプレースタイルは時として俺にパトリック・ビエラ(ユヴェントス)を連想させる。

 無事トップチームに昇格を果たしたが、この才能が、願わくば今後もいい指導者に巡り会い、変に甘やかされたりも惑わされたりもすることない程良いプレッシャーの中で順調に伸びて行ってくれることを願う。(アンチは論外だがそれなりに厳しい環境というのが青山には必要だと思う) そして俺自身の思いとしては名古屋のパトリック・ビエラに、そしてユース時代の5番も悪くはないが、中盤の底で浅野哲也の「8番」を継ぐのはこの男であって欲しい。
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by tknr0326g8 | 2006-01-17 03:32 | Player's Profile
選手紹介#14 「マジカルレフティ」 本田圭佑(24)
 使い古された言葉だが、本田は名古屋に現れた久々の「黄金ルーキー」だった。
 冬の全国高校サッカー選手権で星稜高校をチーム初のベスト4に導いた本田は、直後に参加したカタール国際ユースでもその能力を存分に発揮し存在感をアピール、一躍6月のワールドユース(オランダ)を目指すU-20日本代表の主役のひとりへと躍り出た。帰国後休む間もなく名古屋のキャンプに合流すると、今度はネルシーニョ体制の集大成とも言えるシーズンで左MFとしてレギュラーを獲得、迎えた優勝候補・千葉との開幕戦ではさっそくアシストを記録し、ホーム瑞穂の観客の前で沸騰気味な地元マスコミの煽りに違わぬ力を見せ付ける。本田とは特徴の異なる右SH中村と組む攻撃的な中盤は、ベンゲル時代の岡山&平野、ジョアン・カルロス時代の望月&平野を越える可能性を感じさせた。

 本田の左足は言うなれば「マジック」だ。その左足は「魔法の杖」のように一振りで相手の急所をとらえるパスを供給し試合の局面をガラリと変えてしまうだけの力を持っている。本田がその左足でパスを出す姿は、まるで左足でボールを掴んで投げているようだが、助走や大きな予備動作をつけなくても、ノーステップで強く正確なボールを蹴ることが出来るのが本田の技術的な強みだ。当たり負けしない屈強な身体を持ち、決してスピードがあるわけではないが、フェイントで相手の裏を取る動きも上手い。大胆にして繊細。強くそして柔らかい。

 しかし本田がそこらいにいる「天才」と違うのは、そういった技術的な部分もさることながら、彼が常に高い志とそれを実現するための強い意志を持っていることだ。インタビューなどから窺い知る限りでは、彼は決して現状に満足しようとはしていないし、しっかりとした目標を持ち自分で物事を判断するだけの力を持った大人のプレーヤーでもある。そういったメンタルの強さと考える力も、そして確かな戦術眼も本田のサッカー選手としての大きな武器だ。

 こういうタイプのプレーヤーはかつての中田英寿がそうであったように、どのような環境下であれその成長の芽を潰すことなく成長していくだろう。俺にとっての元祖アイドルであり、どことなく本田が若い頃の彼を彷彿とさせる小倉のように、自分の理想形のようなイメージに囚われて考え過ぎてしまうことで逆に袋小路に迷い込んでしまうようなケースも考えられるが、本田を見ている限り今のところ心配はなさそうだ。

 だが、そんな本田が今ちょっとしたピンチに立たされている。大袈裟に言うならば、本田という特別なプレーヤーにとってサッカー人生を左右しかねない状況だ。
 最初のキッカケは、4月のヴェルディ戦では将来も語り継がれるような初ゴールを決めるなど順風満帆に来ていたリーグ戦で負った太股の負傷。そして決してコンディションが万全というわけではない状態で臨んだワールドユースで本田は挫折を経験する(本人がそう思っているかどうかは分からないが・・・)。開幕戦で、開催国にしていきなりコンディションをピークに持ってきたんじゃないかってぐらいのオランダと対戦した日本は、(最終的なスコアこそ接戦だったが)特に前半大人と子供ぐらいの差を見せ付けられる。それはショッキングなぐらいの光景だった。その試合に本田はボランチとして先発出場、(贔屓目込みで見れば)その身体の強さとJで積み重ねてきたプロの経験が活き、日本の中ではオランダ相手に「戦えている」数少ない選手の一人だった。にも関わらず、本田はその試合で途中交代させられ、その後決勝トーナメント一回戦で敗退するまで出場機会を与えられないまま帰国の途に着いた。
 チームの戦術の中で、中盤からボールをつないで行くのではなく、前線に置いた「大きいの」にボールを当ててそこから全体を押し上げて(押し上がらなかったけど)攻撃につなげていくスタイルでボランチに求められるのは、自分の頭の上を越えていくボールを追いかけて上がって行き、相手のボールになったらまた全力で自陣まで戻って守備(マーク)をするといった走力だ。そこではボールをキープしゲームを構成できる力なんかは二の次。同じようなスタイルだったズデンコの2年目に山口素弘が切られて吉村と中村のムラムラ・コンビが誕生した時とよく似ている。ユース代表チームのことより本田のことが大事な本田ヲタの俺からすれば、この采配は理不尽なことこの上なかったが、現場の決定権は当然監督にあるわけで、後は本田が必要以上に落ち込んだり考え込んだりしてスランプに陥ることなくチーム(名古屋)に復帰してくれることだけを望むしかなかった。

 チームに帰って来た本田を待ち受けていたのは、中断期間中――本田がワールドユースを戦っている頃、日本のフル代表はコンフェデに参加していてリーグ戦は中断していた――に磐田から電撃移籍してきた元日本代表にして日本でもトップクラスのMF藤田俊哉とのポジション争いだった。コンディションの問題からか、最初こそその後塵を拝した本田だったが、やがてネルシーニョもポジションを入り繰りしながらの本田と藤田(そして中村)の共存という路線を模索し、それに落ち着いていった。おそらく普段の練習から、そして試合の中でも本田が藤田から学ぶものは少なくないはずだ。それを(本田の育成費用と)考えれば藤田の年俸1億円は高くはない。

 しかし、そんな本田にとって真の試練が訪れるのは、再び中断を挟んで再開されたJリーグで成績不振を理由にネルシーニョが解任され、主にセカンドチームを見ていた中田コーチが監督代行に就任してからだった。クラブはとりあえずこの中田体制でコーチングスタッフの補充も行うことなく今シーズンを乗り切るという。J1残留という最低限の目標をノルマとして課せられた中田監督代行は、チームの立て直し、そして(来シーズンに向けた)基盤作りを掲げ、実績のあるベテランを中心にチームを編成し始めた。そしてその後に重心が掛かった戦い方においては高卒一年目のアタッカーである本田がスタメンを勝ち取る可能性は極めて低くなった。この状態は少なくともJ1残留が確定するか(ある程度の確率が見込めるまで)続くだろう。
 自らも「試合の中で伸びていくタイプ」と公言する本田にとってこの状況は極めて厳しい。使われるポジションもWB、ボランチ、FWと様々な上、後半途中からの交代出場では与えられた時間もかなり限られている。本田の将来を考えたらこんな使い方をしていていいはずがない。これは「いろんなポジションを経験させる」とは全く趣が異なっている。本田自身はトップでの交代出場の傍らサテライトやリザーブ組の練習試合にも積極的に参加して己を高めようとしているようだが、極端な話ろくにコーチもいないような環境ならアマチュアチームと大して変わらないわけだから。

 正直に言えば、こんな最低なシーズンは早いとこ終え、新監督がやって来て、新しいスタッフと(外国人を含めた)メンバーによる新シーズンに思いを馳せたいというような気持ちが、一ファンの俺のような人間には少なからずある。そして全員とは言わないが、選手の中にも、とりあえず目の前の残留という目標に向って頑張りつつも、今出来ること・必要なことを考えて課題を持ってプレーするより、なんとなく消化試合的な雰囲気で試合に臨んでいるんじゃいかと感じられる選手も何人かいる。名古屋の選手達が得意な「切り換え」というやつで。でなきゃなんとなく試合に入って開始早々失点を喰らうという同じ失敗を何度も繰り返すはずがない。気分的にはこんなところか・・・

「今シーズンは目標だった優勝が出来なくて残念だけど、来シーズンは切り替えて臨みたい」

 そんな選手だけを責めるわけではなく、そもそもクラブ自体が今シーズンを「もう優勝もなくなったし残留できればいいや」と捨ててしまっている節があるのだから話にならない。今クラブトップがしなきゃいけないことは、J1残留に向けて喝を入れることじゃなく、例え残り何試合かであっても、金をケチらずちゃんとした監督連れてくることでしょう!俺(このブログ)は保守系なので(笑)、なんでもかんでも(ピッチ外の)フロントに批判の矛先を向けてそれで全てを片付けるようなことはしないが、今回はあまりにも目に余る。

 と、少し話が脱線気味だが、何が言いたいのかと言うと、現状に甘んじて向上心を失ったプレーヤーや無駄な支出は省きたいクラブにとって今シーズンの残りはただ過ぎるのを待つ嵐であり消化期間に過ぎないかもしれないが、この期間は同時に本田にとっては二度と訪れることのない、その使い方(過ごし方)によっては大きな成長をもたらせるかもしれない、19歳の何ヶ月間だということだ。上で本田のようなタイプは「どんな環境でも伸びる」と書いたが、そのための環境作りをクラブは怠ってはいけない。本田という宝を預かったわけだから責任持って育てるための準備だけは整えろ。その上で選手の伸び悩んだりするのは、色々な要素も関わってくるし仕方ない部分もある。クラブが育成上手とか育成下手とか言う以前に個人の資質であったりするし、クラブだけでなくマスコミやサポーターを含めたクラブを取り巻く環境全てが影響することでもあるから。
 
 まあとにかく本田にはこんな状況下でもクサらず己を伸ばしていって欲しいと願ってやまない。そして本田が無限の可能性の先にぜひとも「世界」を掴んで欲しいプレーヤーであることは間違いない。てか、そろそろ本田の先発が見たい。特にこんなチーム状況じゃ、本田が出るか出ないかは俺の観戦モチベーションを大きく左右する。本田が先発するなら他の予定流してでもさいたままで行ってもいいかな。
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by tknr0326g8 | 2005-11-05 05:54 | Player's Profile
選手紹介#13 「名古屋のマケレレ(を目指せ)」 山口慶(13)
 開幕から4-4-2で臨んでいる今シーズンの名古屋で、左SHのレギュラーである本田の欠けたナビスコカップ・鹿島戦、普段右SHの中村が左に回り、右SHのポジションに入っていたのが今回紹介する山口Kだ。山口Kの本来のポジションはボランチ。しかし、攻撃面で決定的な仕事が出来るブラジル人のクライトン、今シーズン新潟からやって来て、気の利いたプレーで名古屋の守備に昨季よりワンランク上の安定感をもたらした北朝鮮代表のアン・ヨンハッ、サブには昨シーズンのレギュラーだった吉村と、名古屋が擁するボランチの層は厚く、今シーズンの山口KはおそらくこういったSHやSBでの起用が多くなって行くだろう。そしてそれ考えると、鹿島戦での山口Kのパフォーマンスでは物足りないと言わざるを得ない。
 確かに右サイドを駆け上がる(そしてそれがチームとしての武器になりつつある)角田を生かすことや、相手の左SBである新井場の攻め上がりに対するケアを考えれば、攻撃に自重気味だった山口Kの判断は間違っていないかもしれないし、ひょっとしたらチームとしての戦術だったのかもしれない。しかし、俺はこの山口Kというプレーヤーをこのレベルの選手だとは思っていない。

 山口Kはユースから昇格した年のナビスコカップでさっそくプロデビューを飾ると、同じくナビスコカップの浦和戦では途中出場ながら2ゴールという離れ技をやってのけ、その強運ぶりを発揮した。そしてそんなナビスコカップを皮切りに、リーグ戦でも着実に経験を積んだ彼は2003年に行われたワールドユースのメンバー入りを果たす。試合出場はグループリーグのコロンビア戦のみで、しかもコロンビアの「右」をケアする目的での(守備を強く意識した)左アウトサイドでの起用だったが、この国際大会は何事にも変えられない良い経験となったはずだ。ちなみにコロンビア(ユース)の監督からは、ツーロンで対戦した際の日本で印象に残るプレーヤーの一人として、「第二の稲本」と評価されていた。

 と、ここまで書けば、京都からの「越境留学」で名古屋ユース入りし、アンダーカテゴリーでは代表のユニフォームにも袖を通してきたエリートは、着実にステップアップしているように思われる。しかし、この間の鹿島戦に限らず、俺の中ではここの所の山口Kが伸び悩んでいるような印象がしてならない。それは決して、得意なポジションで満足な出場機会(時間)が与えられないことと無関係ではないだろうが、昨シーズンを見ても山口Kにチャンスがなかったわけでは決してない。プロである以上言い訳は出来ない状況だ。

 では山口Kとはどういうプレーヤーなのか。決して身体は大きくないが、中盤で労を惜しまぬ動きで粘り強いディフェンスをこなし、いわゆる「汚れ役」も厭わない。攻撃ではドリブルも出来る(とよく選手紹介に書いてあるがあんまり見ない)が、持ち味はやはりそのパス能力だろう。中盤でテンポ良くボールを散らすことも出来れば、タテにボールを入れることも出来る。そしてスルーパスを出せるセンスを持ち合わせる。鹿島戦の前には「あまり自分で(試合を)作る方じゃないから」(大阪ニッカン)と謙遜なのか弱気なのか分からない発言をしていたが、そのサッカーセンスは間違いなく本物。俺は、山口Kがその気になれば中盤でゲーム全体を支配することだって可能だと思っている。
 そんな山口Kの特徴を考える時、俺の頭に思い浮かぶプレーヤーがいる。それがチェルシーのマケレレだ。ああいうプレーヤー目指して欲しいなあ。マケレレっていうと、いわゆる「黒子」や「汗かき」のイメージが強いけど、それだけじゃなくやつの右足から繰り出される強く速いクサビのボールは、確実にチームの攻撃のリズムを作っている。そういう選手に。類稀なサッカーセンスを持つ山口Kならそれが出来る。
 さらに言うなら、2年前のナビスコ・浦和戦で垣間見せた、「神」より与えられたとしか思えないエリア内での得点感覚。これは大事にしなければ。(笑)

 というわけで、山口Kは俺の中では(ボランチとしては)吉村より評価が上(というか吉村には別の適正があると思ってる)。次節広島戦、時差が殆どないとは言え、北朝鮮代表として平壌で2試合をこなしたアン・ヨンハッの出場は正直厳しいかもしれない。仮に出れたとしても、コンディションに不安が残る。ヨンハッの代わりにボランチに山口K使ってくれないかな、ネルシーニョ。そう言えば、クライトンと山口Kのコンビって見てない(試してない)気がするし。

 見ていて小気味良いプレースタイルは確実に日本人受けするもの、山口Kが名古屋の中盤でレギュラーポジションを獲得し、さらに積極的で吹っ切れたパフォーマンスを披露するようになった時、瑞穂の観客は500人は増える。(笑) 本人も、ひょっとしたらサポーターも「地味」だと思っているかもしれないこういうプレーヤーが、抜群の存在感でゲームを牛耳っているのも悪くはない。
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by tknr0326g8 | 2005-04-01 01:04 | Player's Profile
選手紹介#12 「突貫小僧」 藤田泰成(14)
 また今年も藤田は生き残った。すべての選手がプロの宿命として厳しい査定にさらされるこの時期、藤田は毎年各所の戦力外通告予想リストに名を連ねる。プロに入って5年目だというのにルーキーシーズン以降ろくに公式戦に出場していないんだから仕方ない。俺の中では片桐と並ぶアイドルとして確固たる地位を確立しているが、実際戦力外と言われても多分俺は諦めるだろう。

 藤田のデビューは鮮烈だった。確か瑞穂球技場での福岡戦。右サイドバックでの出場だったが、ウインガーのようなポジションを取り、相手DFラインと駆け引きしながらボールが出れば一気に飛び出して強烈なシュートまで持っていく。そのスピードと躍動感はその日のピッチで一番輝いていた。当時の監督はジョアン・カルロスだったが、いかにもブラジルらしいサイドバックだと思った。日本で言えば名良橋みたい。負けん気の強さも当時の名古屋では突出していた。それが災いし、セットプレーの際三浦泰の挑発に乗ってレッドカード。プレーの強烈なイメージと、デビュー戦でラフプレーで退場という最強のネタの余韻は、今でも当時からの名古屋ファンの間に漂っている。
 その試合を西村が観ていたのかどうかは知らないが、後にアテネ五輪チームの母体となる当時のU-20ユース代表候補にも選出された。そのまま代表に選ばれ続ければ、石川直宏(東京)や田中隼麿(横浜)のライバルとなっていたはずだった。しかし、ルーキーイヤーこそ10試合前後に出場したものの、その後は出場機会が減っていき、それに連れて年代別の代表にも次第に呼ばれなくなっていった。
 ルーキーイヤーと翌年で、リーグ戦出場は13試合。その後2年はリーグ戦出場無しだ。しかし相変らず印象は強い。ペナルティ・エリアの真ん中まで届くロングスロー、当時は「タブー」だったピクシーをスペースに走らせる鬼パス、国立競技場での東京V戦で途中出場から決めたスーパーミドル(3-5-2の左アウトサイドで出場して、中に切り込んで右足でズドンと決めた)…etc。

 そんな藤田が今シーズン3年ぶりにリーグ戦のピッチに姿を現した。去年ブラジル人のネルシーニョが監督に就任した時点で「藤田の出番が増えるかな?」とは思ってたから、思いのほか遅かったし、機会(時間)も限られたけど、それでも再び藤田が見られることは喜びだった。しかしただ長いサテライト暮らしと、いつしかそう呼ばれるようになった「中堅」という立場がそうしたのか分からないが、藤田のプレースタイルは少し「大人」になっているように感じた。いい意味でも悪い意味でも。ただ願わくば、「悪ガキ」のままでいて欲しい。相手を振り切るスピード、強烈なキック力、バネを生かした跳躍力。そしてさっきも書いたロングスロー。ガンガン上がって、相手の裏に走り込む積極性。抜群の身体能力と気持ちの強さが藤田の持つ最大のセールスポイント。それを前面に押し出したプレーを来年も期待したい。
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by tknr0326g8 | 2004-12-12 04:10 | Player's Profile
選手紹介#11 「DFラインの若き闘将」 角田誠(20)
 第9節のレイソル戦、スタンドから目と鼻の先にピッチがある日立台。
 名古屋の右サイド(つまり観客席の目の前)には、明らかに他の日本人選手と骨格の異なるイカツイ男が立っていた。骨格だけではない。相手アタッカーを威圧するかのようなオーラ。こんなディフェンダーにマークされたら俺は逃げる。間違いなく。
 彼こそが、今の名古屋のDFの中で最も俺の信頼を得ている(何のメリットもないけど…)角田誠だ。ファールが多いのはタマにキズだが、当たりに強く、恵まれた身体能力で相手FWを封じ込む。そしてその恵まれた身体能力は攻撃面でもフル活用される。本職のセンターバックにとどまらずサイドバックからボランチまでこなす彼は、さながら「和製・スタム」の雰囲気だ。
 さらに特筆すべきはそのメンタル。つまらないミスには味方・先輩を問わず叱責する。上田滋夢は京都から彼を獲得する際、ワールドユースに出場したばかりのこの若者に「チームの雰囲気を変えて欲しい」と懇願したという。
 ハッキリ言ってものが違う(と俺は思う)。ネルシーニョが2ndステージなぜ彼をなかなか起用しなかったのか、俺には謎だ。ファールが気になるのか?レッジーナ戦での退場が引っ掛かっているのか?ブラジル人は大きな怪我上がりの選手を敬遠するというのは本当なのか?(それが原因でジョアン・カルロス時代には小倉や喜名がチームを去ったという話もある…唯一「怪我人コレクター」のジーコだけは例外のようだが。(笑))

 先シーズン終了後、上田滋夢が闘莉王には目もくれずCBの補強として獲得に動いた角田は、第82回天皇杯を制し「若きタレント集団」と呼ばれた京都にあってユースからの生え抜きで各年代の代表を経験しているエリートだった。
 名古屋でのシーズンが始まると、パナディッチ、古賀、大森の昨シーズンから固定されたトリオ、さらには同じく今シーズンから加入した元日本代表の秋田らとのレギュラー争いが始まった。しかし、その中でも徐々に頭角を現した角田は、大森がボランチにコンバートされたこともあり、やがてレギュラーを掴む。そしてチーム事情により急遽コンバートされたボランチでその能力の高さは改めて浮き彫りになる。とにかく角田がボランチにいると中盤で面白いようにボールが獲れた。
 その後、「人生初」という少し大きな怪我を負い暫らく戦線を離脱。その間にチームはCBのポジションに井川を補強した。パナは退団したが競争は一層激しくなった。結果2ndステージはベンチ温める日々が続いた。それでも角田は自分自身でこの壁を乗り越えて行くだろう。能力もさることながら、何より「攻撃でも外国人にばかり頼っていられない」というような明確な高い意思を持っていれば。
 今はまだ若さと身体能力を前面に押し出したプレーが目立つ。だけど今後相手との駆け引きを覚えていい意味で成熟していけば、想像を遥かに超えた凄い選手になることも決して夢ではない。
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by tknr0326g8 | 2004-11-03 02:43 | Player's Profile
選手紹介#10 「中盤の自由人」 クライトン(30)
 (今度こそ本気で)優勝を目指し、(またしても)大型補強を行って望んだ2004年シーズン。しかし残念ながら1stステージはいつもの定位置で終了した。その中でも一番固定されなかったポジションがボランチだ。大森、ヨンデのコンビに始まり、大野、吉村、山口慶、角田・・・。俺の中では、角田のボランチが一番の「発見」で、その他では柏戦限定の大野、広島戦限定の吉村あたりも良かった。大森も少しづつ慣れてきてはいた。しかし、やはりどれも一長一短だった印象は拭えない。
 その「弱点」とも言えるポジションに2ndステージ開幕に合わせブラジルから連れて来られたのがクライトンだ。特に期待されるのは、強力2トップを誇りながら中盤からそこにパスが供給されない状況の打開。開幕戦こそチーム全体の歯車が噛み合わずガンバ大阪に完敗を喫したものの、翌第二節のジュビロ戦からはその能力と存在感を存分にアピールし始めた。中盤で激しい当たりとチェックでボールを奪い取る。疲れを知らない走りでルーズボールを拾いまくる。ボールを持てば前線に好パスを供給。チャンスと見るや積極的に前線に攻めあがる。さらには中途半端なパスミスをした中谷を叱責する。すべてがこれまでの名古屋に微妙に足りなかった要素だ。この磐田戦と次の横浜戦では決勝点も記録。あっという間にチームになくてはならない存在となった。
 その自由なプレースタイルと風貌は、どことなく全盛期のルート・フリットを思わせる。さらに言えば、この「中盤の自由人」が、去年不振だったバルセロナが一人の男(ダービッツ)の加入によって変わったように、名古屋に低迷脱出のキッカケを与えるよう願ってやまない。バルサ時代のダービッツと名古屋でのクライトンはチーム内での役割も似てるような気がするし。

 イエローカードの累積を除けば、今はまだすべてが順調に進んでいる。しかし、不安がないわけでもない。まず、そのプレースタイル。ボールを預けられた時にダイレクトではたくことは殆どない。必ずワンタッチ、ツータッチを入れる。これは周りの動き出しの問題とも関係があるし、クライトンが一人交わしてボール出すことで前はそれだけ楽にになるんだけど、そのうちそこを狙われるようになる可能性がある。ダイレクトでは出さないと分かれば、クライトンにボールが渡るのを狙って2,3人で囲めばもうそこはDFしかいない、相手にとっては絶好のチャンス。現にそれで東京V戦もやられてるし、FC東京戦でも危ないシーンを作った。これに関連するチームのクライトン依存症も問題になってくるだろう。簡単にサイドを使ったりする意識がない所も気になると言えば気になる。タテ一辺倒で。まあこの辺のサイドを使うとかワンタッチでプレーするとかは、プレースタイルの好みの問題でもあるし、昔、バウドを同じような理由で田中孝司が嫌って切ろうとしたこともあったのを思い出す。あとは中盤のマークかな。特に2列目、3列目からの飛び出しに対するマークがとてもルーズだ。これは直志、吉村とのコミュニケーションも含めて今後改善して行ってもらいたい。
 
 バウドと被るって書いたけど、セレッソ戦で右サイドからファーに上がってきたボールを、後ろから走りこんできたクライトンが強烈なダイレクトボレーで叩き込んだシーンなんかは、デュリックスを思い出した。久々見たよ、名古屋でこういうプレー。ボランチがボックスで仕事するのって。

 プレースタイルは正直言って好みじゃない。でも今の名古屋に足りない要素をおそらく一番補ってくれる男だ。これからも名古屋を勝利に導いてくれ。
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by tknr0326g8 | 2004-10-05 01:07 | Player's Profile
選手紹介#9 「J史上最強のストライカー(目前)」 ウェズレイ(10) 後編
 ウェズレイがおかしい。

 「J史上最強のストライカー」を目前にした今、ウェズレイは大不振のまま足踏みを続けている。それどころか、ここ数試合は実弟のC契約プレーヤー・ジョルジーニョにスタメンの座を譲り、シーズン前から痛めていた傷の治療に専念している。
 実際、普通に当たっても勝てないウェズレイに対しては、これまで各チームのディフェンダーもファール覚悟で当たってくる。いや正確に言うと、「ファール覚悟」というより「ファール」だ。そこで止めないと確実に強烈なシュートが枠に飛んでくるし、向こうも生活かかってるんだから当たり前のことではあるんだが、それをまた審判がファール取らないケースが多い。相当酷いケースでもだ。結果、怪我防止の自衛手段かウェズレイは良く転ぶようになった。一部サポにはこれが不満らしい。まあ確かにチャンスになりそうなシーンで相手との接触があってすぐ転ぶ→もちろん審判は笛を吹かないという展開は萎える場面もある。しかし、本当に酷いファールも受けてるよウェズレイは。
 あと批判と言えば、「ウェズレイは守備をしない」。
 確かにそんな自陣でスライディングしてまでボール奪取に執念を燃やすタイプじゃないよ、ウェズレイは。でもね、本当に危険だと思ったシーンは、その危険なポジションにいる選手のマークに付きに戻ったり、相手DFのプレッシャーもそれなりにこなしてはいる。あとはチーム(監督)の方針だからね。FWがどこまで守備に参加するかっていうのは。ボール奪取目的にチェーシングするのか、パスコース限定すればいいのか、中盤まで帰って挟むのに参加するのかっていうのはね。
 あとは「味方にパス出さない」とか「潰れ役しない」とか「動き出しがない」とか「中盤に下がってくる」とかか。まあイチイチ書いてるとキリないけど、味方にパス出さないのは、自分で行けると思ったんならFWとしてその判断はOKだし、他の日本人選手の動き出しが遅いのも事実。「潰れ役しない」ってのはもう戦術的な問題。ウェズレイがニアで潰れて、誰がファーに入るの?マルケスの頭?直志はなかなかスペース入って来ないよ。「動き出しがない」、これに関しては反省すべき所はあります。でももともとそんな広範囲に動いてボール受けるタイプじゃないからね。せめて周りの日本人選手がパス出しやすいようにしてあげてください。そうしないととてもじゃないけどパスが出てこないし、回らないチームなので。たまにはDFと駆け引きしてみるとか。「中盤に下がってくる」、これはもう完全に名古屋の中盤が悪いです。だってそうしないとパスも出てこないし、前にボールが進まないんだもん。ウェズレイが下がってきたら直志他周りの選手がその前のスペース使えばいいんです。例えば、1stステージのFマリノス戦。引いてきたウェズレイを起点に、マルケスを経由して、ウェズレイがいたスペースを使って岡山がゴール決めましたよ。あれやればいいんですよ。あの時はカウンターだったけど、チームが苦手な引いた相手を崩す時にも、こういうポジションチェンジは結構有効になってきます。
 最後に「好不調の波が大きい」。これはおおいに問題あり。外国人依存のチームにあって、外国人助っ人がコンスタントに活躍してくれないと優勝なんて夢のまた夢。俺自身、一昨年とか去年はこれをベースにウェズレイ批判してたこともあった。最近はなんかみんなウェズレイ叩き花盛りだから、あまのじゃくな俺としては逆に擁護しちゃうけど。(笑) まあこの欠点に関してはもうウェズレイに頑張ってもらうしかない。
 そんなこんなで、サポーターの中にも賛否両論ある(一部、ズデンコ解雇の引き金となったウェズレイに対して執拗に批判(というか中傷)してるベル粘もいるけど)ウェズレイだが、少なくともウェズレイの復活なくして優勝なし(ナビスコ含む)だから、なんとか怪我を癒して好調時のフォームを取り戻してもらいたいものだ。そして、アルシンドを抜いてJ外国人史上最多ゴールの記録達成を!

 でもなんだか、来シーズンは他のチームにいそうな気もするなぁ。昔からラヴコールを送ってる鹿島とか(だって今FWがバロンだよ!良い選手ではあるけど、鹿島のFWが市原も清水もセレッソも戦力外になったバロンて!)、エース・ジュニーニョのヨーロッパ移籍がありそうな、来期J1に昇格する川崎とか。他チームのユニフォームを着たウェズレイなんて心情的にも試合の相手としても見たくはないが、もしこのままの状態でシーズンを終わったとすれば、「外国人頼み」の名古屋としては新外国人補強に動かざるを得ないのも事実。ネルシーニョがナビスコ準決勝(名古屋にとっては事実上の決勝)の浦和戦に向けてウェズレイのピークを持ってきているものと信じたい。(ちなみに俺はナビスコ準決勝に突然大森とウェズレイが秘密兵器として登場と読んでるんだがどうだろう。)
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by tknr0326g8 | 2004-10-04 05:38 | Player's Profile
選手紹介#9 「J史上最強のストライカー(目前)」 ウェズレイ(10) 前編
 2000年夏。チームを激震が襲った。
 当時の現役日本代表にして、生え抜きでチームの主力だった望月・大岩・平野の3人が当時の監督であるジョアン・カルロスとの確執からシーズン途中にして突如「解雇」を言い渡されたのだ。これが世にいう「清商トリオ」(または「三●鹿トリオ」)事件。(この事件については、いつか気が向いたら改めて書きますが、現状のチームが存続する限りは、そっちの方が遥かに大事なので、日々変化していくチームを追うことを優先していきます。まあ今更どうでもいいって言えばどうでもいいし。) 解雇発表の席上、フロントがサポーターにした「アタッカーの補強」の約束により連れて来られたのが、ブラジルのバイーアで狂ったように得点を量産していたウェズレイだった。
 強靭な肉体を誇るそのストライカーはすぐに持っている能力を発揮し始める。記憶が確かなら瑞穂球のジェフ戦で途中出場し長居でのセレッソ戦で初ゴール、その後日本平でのエスパルス戦では3人ぐらいをぶち抜いて30mくらいの独走ゴールを決めて見せた。
 翌年(2001年)はピクシーラストイヤー。しかし、皮肉にもコンビを組んで半年、やっとピクシーからウェズレイへのアシストが決まりだす。そしてこの2人によるゴールショーの中でも印象深いのはピクシーの公式戦ラストゲームとなった東京ヴェルディ戦、ピクシーがGKへのバックパスをカットしてウェズレイにヒールキックでパス。これをウェズレイが角度のないところから針の穴を通すようなシュート!ウェズレイはピクシーと抱き合いながら、スタンドのサポーターに対して「彼(ピクシー)を褒め称えてくれ」と合図を送った。
 しかしピクシーが引退してからも、ウェズレイのゴールラッシュは止まらない。この年を皮切りに2003年まで3年連続の20ゴール。ハットトリックもジュビロ・中山の持つ記録に並んだ。中でも2001年セカンドステージのジェフ市原戦、頭、右足、左足で決めたハットトリックは絶品だ。
 ピクシー引退後の2001年2ndステージから2002年1stステージにかけてはウリダとのホットラインが開通。抜群の戦術眼を持つウリダから最高のタイミングで繰り出されるパスに走り込むウェズレイのゴールパターンは何度も相手DFを切り裂いた。
 ピクシーの背番号「10」を受け継いだ2002年1stステージ途中からはイヴォことイヴィツァ・バスティッチとの「(初代)J最強2トップ」。個性の異なる2人のストライカーの組み合わせは相手チームにとって脅威だった。
 そして迎えた2003年。1stステージ5ゴールと不振にあえぐ。監督(ズデンコ)との確執も表沙汰に。しかし1stステージ途中から加入したブラジル人のマルケスのサポートと、2ndステージから就任した同じくブラジル人の監督・ネルシーニョの戦術と厳しいフィジカルトレーニングで見事復活。2ndステージはゴールを量産し、見事チーム初のJリーグ得点王に輝いたのだった。
 強靭な肉体とキーパーが腕の骨を折るほどの強烈なシュート。そして、なんと言っても、とにかくこの人、シュートを浮かさない。これまで数多くの得点を生み出してきたFKも大きな武器だ。憧れのロマーリオとはタイプはかなり異なるが、強引な突破からシュートを常にシュートを狙う姿はまさに「生まれながらのストライカー」。そしてアルシンドの持つJ通算ゴール記録更新も射程圏内に入り、名実共に「J最強ストライカー」となるのもそう遠い話ではない。

 しかし、順調に思われたウェズレイが今大きな危機に直面している。

(後編につづく)
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by tknr0326g8 | 2004-10-04 04:52 | Player's Profile