Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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2004年シーズンを振り返る その3
 その3は、「トップ下」にスポットを当てつつ、チームとしてのコンビネーションの熟成とその中で見えてきた攻撃の形について。

■岡山から直志へ
 先シーズンまで名古屋のトップ下のレギュラーは岡山だった。今シーズントップ下のレギュラーとして定着した直志と比べても、個人としての能力は直志より劣るものの、チーム最大の売りである2トップとの絡みや昨シーズン最大の発見だった右サイドの幸治郎とのコンビネーションを考えた場合、岡山の方が直志よりも優れていて、チームとしても岡山が入った時の方が上手く回っていた。
 今シーズントップ下のレギュラーとして開幕を迎えたのは岩本だ。守備面では不満が残ったが(1st磐田戦のカウンターに対する対応とか)、その左足から繰り出されるDFラインの裏への柔らかいパスに2トップが反応する様はそれはそれでなかなか面白い組み合わせではあった。しかしそんな岩本が怪我で戦線を離脱すると、第3節からスタメンに定着したのは中村直志だった。今シーズンのチームの攻撃面での成長、それは直志がスタメンを維持し続けたことと同時進行系である。
 直志が今期初めてトップ下として先発出場した第3節鹿島戦。右サイドをえぐってマルケスの得点をアシストしたものの、その右サイドでの幸治郎との被りっぷりは正直酷かった。お互いがお互いを消し合ってて、お互いのタイミングも全くつかめていない、そんな状態。しかしシーズンが進むに連れ右サイドは名古屋の大きな武器のひとつになる。幸治郎のパワフルな上下動の勢いを殺さないように直志が右サイドの幸治郎の前のスペースにパスを出す。直志が右に開いて外に張ったポジションを取れば幸治郎が中に切り込む。1st浦和戦の3点目のように直志が右サイドのDFラインの裏のスペースを狙うのに合わせて、それを押し出すように幸治郎が後ろからスルーパスを出す。バリエーションも出来たし息もピッタリだ。こうして直志は幸治郎のベストパートナーになった。
 幸治郎の次は外国人2トップとのコンビネーション。第3節の鹿島戦では右サイドをえぐってマルケスのアシストを決め、第4節の柏戦ではネルシーニョの指示通り「2トップを追い越して前に飛び出す動き」でペナルティエリアの中に入って良いゴールを決めた。出足は上々。しかしそれ以降はなかなか2トップに上手く絡んで行けない感じだった。ぶっちゃけ2トップに置いてかれていた。まああの2トップの間に入ってプレーのペースと感性を合わせてやれと言われたってそうそう簡単には行かない。それでもトップ下に定着して試合をこなすうちに、中村と2トップのコンビネーションは徐々に向上しいくつかの「形」と呼べるものも見えてきた。
 例えばいいポジションでボールを奪って攻撃(カウンター)に移った時に中村が右サイドのスペースに流れて3トップ気味の布陣となる形。中村にボールが出るとマルケスとウェズレイがボックス内でクロスする形で動いて、ボックスの外側をタテにえぐった中村のグラウンダーの折り返しをニアサイド(もしくはゴール正面)でマルケスが決める。このパターンでチームは幾度もゴールを陥れた。トップ下の選手がサイドのスペースに出てくるんだから、今や世界で一つの潮流となりつつある通常の3トップよりも対応は難しいかもしれない。この形は左サイドに流れてのプレーが得意なマルケス、右サイドに流れてのプレーが得意な中村という選手の特徴にも上手くマッチしている。つまりこのワイドに広がる変形3トップは名古屋の選手達の特性を生かしたオリジナルだ。
 マルケスが左サイドに流れることが多いため、直志の流れる右サイドでは特にウェズレイとの阿吽の呼吸が必要だ。ウェズレイがサイドに流れれば直志が中のスペースを使い、ウェズレイが下がって来て楔のボールを受ければ入れ替わりに中村が前に出る。この辺のオートマテックな動きもシーズン終盤にはかなり出来るようになってきた。ウェズレイは引いてきても必ずマーカーが付いてくるからそのスペースを使う直志の動きは特に有効。それが2ndの大一番・浦和戦での先制点にも出てた。まあ岡山なんかは第11節の横浜戦で見せたようにその辺のことがサクッと出来てたんだけどね。中盤にいいパッサーがいれば下がってきたウェズレイを囮にしてその頭を越して直志を使うっていうのも出来る。それが第3節の柏戦のゴール。そこではパッサーとしての大野のセンスと技術も光っていたけど。
 それでもまだまだ俺は直志のトップ下のプレーには不満だ。改善点のもちろんある。岡山とは違い一発のある選手だから、「ラストパス」とか「ミドル(強い)シュート」とかプレーイメージが一発狙いに偏ることが多くて判断が遅れたり、パス出した後足が止まったり、自分が関わっていない(ボールに触っていない)攻撃に対してアクションが鈍い。これは守備に関しても同じ。よく見てると直志はペナルティエリアの周りでのファールが結構多い。そこまで戻ってディフェンスすることであったり、ボールを奪いに行く気持ちは賞賛に値するけど、それがファールになるのは判断が遅いからであり、フィジカルコンタクトの強さを生かして強引にでも一発でボールを奪いに行こうとするからだ。もちろん一発があるのが直志の最大の魅力だと俺は思うし、そこを生かすために、もっと判断の速さや、今みたいな動くか止まるかじゃなく勝負するところと簡単にプレーするところみたいな意味でメリハリの付け方を考える必要がありそうだ。そして直志にはもっとボックスに入って仕事をして欲しいし、全てのプレーに関与するような貪欲さが欲しい。
 俺がフロントなら、去年だったかG大阪の西野が二川に対して課したノルマじゃないが「年間10ゴール」を目標にさせるけどね。それを個人としての数字目標として、クリアしたらインセンティブ付けるとか。まあとにかく直志のポジションの選手がそれぐらい数字として表れる結果残さないと優勝なんて夢でしかない。

■岡山の新境地
 直志にポジションを奪われた形の岡山だが、岡山は岡山で今シーズン新境地を開拓していた。まあ先シーズンから少しづつ見え始めてはいたけど、今シーズンになってやっとハッキリと顕在化した感じだ。それはプレーメーカーとも言える役割で、これまではどちらかと言うと前線でスペースへ飛び出してゴールを陥れる役割が主な役割だったが、今シーズンは中盤でスペースからスペースへと動き回り、ボールを上手く引き出しながらまた自分が起点となってシンプルにボールを動かしていく。そんな岡山の投入によってチームは潤滑油を得たようにプレーに流れが出来た。開幕となったC大阪戦で後半から出場し逆転劇を演出すると、その後もスーパーサブとしてチームに欠かせない存在だったと言える。

■名古屋のプリンスJ初登場
 そんな岡山もシーズン終盤になるとベンチ入りすら出来なくなった。コンディションの問題もあったのかもしれないが、俺はその理由が「名古屋のプリンス」こと平林の成長とそれにともなう台頭だと思っている。地元愛知県出身でジュニアユースから10番を背負ってきた逸材。年代別の代表にも都度選出され世界大会も経験している。経歴だけ見ればローマのトッティを連想させる。というわけで「名古屋のプリンス」。そんな平林がJデビューを果たしたのが2nd第5節の東京V戦。プロの水に馴染むのにしばらく時間を要したが、実戦経験を積むごとに落ち着いてプレーできるようになってきた。テクニシャンとして鳴らしたユース年代と比べると、今の平林はどちらかと言えば動き出しの速さと質の高いオフザボールの動きという面で岡山の代わりが出来るチーム唯一の存在だ。もちろん前線ではそのテクニックを生かしてトリッキーな動きで積極的なトライも仕掛ける。シーズン終盤には、これじゃあ岡山の出番がなくなっても仕方ないかなというくらいの可能性を感じさせるプレーぶり。後は本人も言うように決定的な仕事が出来るかどうかと結果だ。戦術と技術を兼ね備えた「ニュー岡山」が来シーズンからも高い意識を持ってステップアップし続けていくことに期待したい。

 ウェズレイ、マルケスの2トップが出場すれば一定のパフォーマンスが計算できる以上、トップ下(2列目)はこの3人に加えて、本田を加えた競争が来シーズンは見ものだし、このポジションに名古屋の浮沈が懸かっている。
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by tknr0326g8 | 2004-12-31 17:57 | Topics & Issues
2004年シーズンを振り返る その2
 その2は、今シーズンの名古屋で最も大きな変動があったポジションであり、どうやら阿部(市原)の獲得が幻に終わりそうなボランチを中心に2004年シーズンを振り返ります。

■大森ボランチ起用
 今シーズンの名古屋は大森のボランチ起用から始まった。昨シーズンから吉村、山口K、ヨンデ、酒井、原田と人数は揃っているもののどれもこれといったインパクトを残せなかったボランチに比べ、パナが健在で古賀、秋田、角田を揃えたCBは陣容が充実しているようにも思えたし、去年までストッパーを務めていたユーティリティプレーヤーである大森のボランチ転向というオプションが試されても決して不思議なことではなかった。
 実は俺はこの大森ボランチというアイデアを支持しているごく少数派のひとりだ。大森は戦術に長けゲームの流れを読む眼を持っているし、「人に強い」という長所を持っている。こういう選手をいわゆる「舵取り役」としてセンターラインに配置することでチームはグッと安定感を増す。そして俺が大森のボランチ起用を指示する最大の理由は大森がタテにパスを出せるセンスを持ち合わせていることだ。いくら人に強い守備が出来たとしても守備だけでは優勝を狙うチームのボランチは勤まらない。そして昨シーズンから今シーズン1stステージにかけて見られた名古屋というチームにとっての最大の課題が、いかにして中盤から強力な2トップまでボールを運ぶかということだった。そのためにもタテ方向にボールを出せるという資質は名古屋でボランチを勤める選手にとって欠かせない要素だと俺は思っている。
 ボランチの位置でタテにパスが入れられるかどうかは、正確なキックが必要なのはもちろんのこと、例えば空間を認識するようなセンスや、状況を把握する能力、迅速な判断、そして相手が一番ケアをしてくる(当然成功率が低い)プレーだから勇気も必要だ。かつてサンチェスが監督をやっていた頃、どうしてもDFラインと中盤の間にスペースが生じてしまうということで古賀がそのポジションにアンカーとして起用されたことがあった。古賀は気の利いたプレーとポジショニングでチームの守備に一定の安定感をもたらしただけでなく、実は良いモノを持っているロングキックで左右に大きくボールを散らし、当時の名古屋では忘れ去られていたサイドチェンジという発想を呼び戻した。そのプレーぶりは、古賀の右足から繰り出される軽くドライブの掛かって美し放物線を描くボールの印象とともに心地良い記憶として今でも残っている。しかしボランチ・古賀はサイドにボールを散らすことは出来てもタテにボールを入れることが全く出来なかった。そういうプレーが必要な時は横にいる山口素に渡すだけ。多分古賀に足りなかったものは決断力であり勇気だった。話を大森に戻すと、ペップ(グァルディオラ)のプレーを見て参考にしているという成果かどうかは分からないが、大森にはこの辺の資質が備わっていると俺は思う。
 大森のボランチは、実際のゲームの中では周りとのコンビネーションを含めて慣れるまでに少し時間を要したのは確かだった。それが開幕当初から上手く行っていたとは言えないし、その段階で磐田や鹿島と対戦しなければいけなかったのはやや不運だった。それでも試合を重ねるに連れてそのプレー振りは馴染んで来ている様に思えたし、実際第6節の清水戦の頃にはかなりサマになっていた。しかし皮肉にもその清水戦でアクシデントが発生してしまう。その試合で右のストッパーに入っていた角田がプレー続行不可能な怪我を負い大森はCBに移された。その後もパナの負傷や大森がストッパーに入ることでDFラインが安定したことなどが要因で、大森はCBに固定された。そして第13節大分戦での怪我による戦線離脱、2ndステージからのクライトンの加入によって大森のボランチは二度と日の目を見ることはなかった。そしてクライトンがいる間は大森がボランチに起用されることは多分ない。

■角田のボランチ
 第3節の鹿島戦でボランチデビューを果たしたのが角田。そしてこれは昨日も書いた通り「今シーズン最大の発見」だった。角田はパナが怪我で出られなかった開幕戦と第2節に右ストッパーとして起用されると、身体能力の高さに裏打ちされた守備の強さと積極的なプレースタイルでアピール。しかも開幕戦ではCKから同点となるゴールを決めるおまけつきですっかりネルシーニョの信頼を勝ち取った。そしてパナが復帰した第3節ではボランチとして起用されたのだった。その後はCBの出場停止などに応じてCBとボランチを掛け持ちしていたが、第6節の清水戦で負傷、その後1stステージ終盤に復帰すると再びボランチに定着した。そしてボランチとしての角田のパフォーマンスはかなりハイレベルだった。とにかく中盤でボールが取れる取れる。激しいフィジカルコンタクトで相手を潰してボールを奪うことも出来るし、クレバーなインターセプトも出来る。さすがはDFを本職としている選手だけはある。ここでボールが奪えるとチームは楽だ。

■クライトン加入
 パナの怪我による退団に伴い2ndステージに向けて獲得された新外国人がボランチのクライトンだった。1stステージ終盤は角田、吉村、山口K、大野が代わる代わるボランチを勤めたが、攻守のつなぎと前線へのボールの配給というシーズン前からチームの課題は改善されなかった。中でも類稀なパスセンスを持つ大野には大きな期待がかかっていたが、活動量やチームのバランス的にネルシーニョの好みに合わなかったようだ。そんな状況では新外国人のポジションがボランチに絞られるのも当然の成り行きだった。しかも守備専門ではなく攻撃に貢献できるボランチ。そこで白羽の矢が立った内のひとりが、ネルシーニョのかつての愛弟子であるクライトンだった。まあクライトンについてはこれまで散々書いてきているので詳細は省くけど、クライトンの加入によって中盤から前線へボールを運ぶこと、パスの供給という面では格段に向上した。ウェズレイが中盤まで下がってきてボール捌く回数を比べればそれは一目瞭然。これはこれで当初の目的は達成されてはいる。

■吉村&山口K
 シーズン序盤はベンチにも入れなかったが、次第に出場機会を増やし2ndステージはクライトンのパートナーとしてスタメンに定着したのが吉村だ。ハードワークは相変らずだが、対人プレー(特にテクニシャンタイプへの対応)にはまだ課題を残しているし、相手からボールを奪うことが出来ない。逆に攻撃面ではボールの配給を含めて少しづつステップアップしている。元々前線への飛び出しには非凡なものがあるだけに攻撃の組み立てにもっと積極的に参加できるようになれば、ネルシーニョも満足できるレベルにいずれ達することが出来るかもしれない。
 山口Kは怪我もあって終盤はコンスタントに出場機会を得られなかったこともあり、彼の持っているポテンシャルからすれば満足いくシーズンだったとは言えないだろう。山口Kはいわゆる汚れ役もこなせるし、なんと言ってもハイレベルな攻撃センスを備えている。パスも出せるしドリブルも出来る。1stステージ中など決してチャンスがなかったわけではない。そこでチャンスを生かせなかったことが全てなんだけど、こんなところで伸び悩んでいる場合じゃないから、来期以降も貪欲に成長して行って欲しい所だ。新シーズンからトップチームに昇格する高橋や来年高3の青山なんかのユースの後輩達に追い越されないようにね。間違いなく能力はあると思うし俺の中では吉村より評価は上。その素質の開花を願う。
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by tknr0326g8 | 2004-12-31 00:06 | Topics & Issues
2004年シーズンを振り返る その1
【第1回 K.T.G AWARDS】
(※K.T.Gは「蹴りたいグランパス」=Kick the GRAMPUSの略です笑)

■Best PLAYER : マルケス(初)
 文句ナシ。今シーズンの名古屋はマルケスなくして語れない。チーム得点王にしてJリーグベストイレブン。しかし凄い選手を連れてきたもんだ。もう少し若ければヨーロッパでも全然プレー出来てるでしょ。夏に開催が噂される万博関連の試合で「バルサでもマドリーでもドンと来い!」と胸を張って言える選手。かつて名古屋には90年のイタリアW杯ブラジル代表で、パリSGやベンフィカといったヨーロッパのクラブを渡り歩いた「マジック」バウドや、当時現役バリバリのセレソンだった名古屋のアイドル「エリー」ことエリベウトンを筆頭に、「セレソン」の肩書を持った選手がジョルジーニョ、トーレス、マルセロといたけど、その中でも掛け値なしに凄いんじゃないだろうか。チームへの貢献度を考えても、ジョルジーニョやトーレスとタメ張っている。昨年の得点王だったウェズレイがコンディションを崩してリタイアする中でも強豪チームと何とか戦えてこれたのはマルケスに依る部分が大きい。最後になって怪我しちゃったけど、あれがシーズン序盤だったらと思うとゾッとするよ。来シーズンも頼む。

■Best GOAL : マルケス(初) 1stステージ第2節磐田戦
 ベストゴールは1stステージ第2節ジュビロ磐田戦(豊田スタジアム)でのマルケスのゴール。シュート自体鳥肌が立つほど素晴らしいものだったが、その前の駆け引きがまた凄い。(「選手紹介・マルケス篇」を参照)
 まあゴールに良いも悪いもないんだけど、一口にゴールと言っても美しいだけじゃいいゴールとは言えない。例えば1st浦和戦(豊スタ)での中村のスーパーなミドルシュート。俺はあれを評価していない。あのポジションでミドルシュートを打とうという中村の「意識」は評価に値するし買いだけど、試合後の「練習でもあんなゴール決めたことがない」というようなコメントに激しく萎えた。練習ではいいプレーするのに試合(実戦)ではからっきしダメという選手はプロとしてどうしようもないけど、「マグレ」ってのはシラケるし俺達に見えない所で努力して試合で魅せるってのがプロとしてのあるべき姿だと思ってるので。中村だったら1st柏戦のゴールはシュートはボテボテだったけど素晴らしいゴールだった。まああれは大野のパスも素晴らしかったけどね。他には2ndステージの豊スタでのFC東京戦の古賀のハンドまがいのゴールも、形はともかく俺はそこに詰めていた古賀に対して高い評価をしてるし。
 あとは印象に残ってるのは岡山の1stステージ横浜国際での横浜戦でのゴール。あの頃は中村がまだ2トップと上手く絡めてなくて、そんな中村に代わって途中出場した岡山が2トップとのコンビネーションで「こうやってやるんだよ」と言わんばかりに実演して見せた電光石火のカウンター。
 2ndステージC大阪戦で5点を奪った中でのマルケスのループやクライトンのゴールも印象に残ってるし、1stステージ第3節の鹿島戦を皮切りに2ndステージの大分戦まで何度となく繰り返された中村が右サイドをえぐってグラウンダーの折り返しをマルケスが中(ニア)で合わせる流れるようなゴール。あとは戦術的な意味合いということを考えると、2ndの柏戦や浦和戦での角田のゴールも評価に値する。

■Best GAME : 2ndステージ第2節ジュビロ磐田戦
 正直2ndの浦和戦とどっちにするか迷った。期待外れに終わった1stステージからの巻き返しを図った2ndステージ開幕戦で(最終的に2位になる)G大阪にコテンパンにやられて、メンタル的にも立て直して臨まなければいけなかった試合。相手は何年も勝っていない苦手磐田。おまけにウェズレイが怪我で欠場。そんな中で強い気持ちを持って磐田に走り勝ったということを最大限評価したい。終わってみれば磐田はこのステージ振るわなかったんだけど、そんなことは関係ない。素晴らしい戦いだったと思う。次点は2nd浦和戦。カード乱発で退場者を2人も出したけど、クライトンを中心に闘う気持ちを見せてしかも勝利という結果を出してくれたチームに満足。
 あとなかなか結果にはつながらなかったけど、1stステージの第9節市原戦から第12節浦和戦に至るあたりはチームも守備をベースとして結構安定した戦いが出来ていたと個人的には思ってる。

■Young Player of the year : 角田誠(初)
 京都で実績を残した角田をここに含めていいのかどうかは悩む所だけど、ある意味今シーズン最大の驚きであり同時に期待通りの活躍。センターバックでスタートして、最後は怪我の幸治郎に代わり右アウトサイドでポジションを獲得。どっちのポジションでも期待を裏切らない成果を残したけど、俺的にはその間に経験したアンカーとしてのボランチ起用が一番の「発見」であり「当たり」だったと思ってる。自身初という比較的大きな怪我も経験してアテネを逃したけど、順調に成長していってくれることと来シーズンからは主力の一人としてチームを引っ張って行くことを期待。
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by tknr0326g8 | 2004-12-30 03:41 | K.T.G AWARDS
ブラジル全国選手権のリピート放送
 クライトンのプレースタイルというか役割に関する俺なりの定義。
 「こぼれ球を拾うか、もしくはボールを持って自分のゾーンに入ってくる相手を潰してボールを奪い、そこから自分が起点となり攻撃に移行する。」

 月曜日からJ-skysportsで毎朝ブラジル全国選手権2004のリピート放送をやっている。昨日のOAは第2節のボタフォゴvsサントスだった。サントスといえばクライトンが名古屋に来る前に所属していたクラブで第2節なら時期的にもまだ名古屋に来る前だから出てるかもしれない…さっそくチェック。
 おー出てる出てる、しかも先発。「パウロ・アルメイダからポジションを奪った男」とか言われて注目されてるし。
 まず目を引いたのはそのポジション。クライトンが担っているのはブラジルでいう「5番」だ。簡単に言えばダブルボランチの守備的な方。ドゥンガかサンパイオかで言えばサンパイオ。そのポジションでクライトンは、ワンタッチ・ツータッチで左右に散らすパスとタテに入れるパス、長いボールと短いボールを状況に応じてバランス上手く使い分けている。インフロント、インサイド、アウトサイド、インステップ…キックの種類も豊富だ。そして時には機を見たドリブルで持ち上がって前線に飛び出していく。前半に相手がひとり退場になったこともあってサントスの一方的な展開だったけど、ホビーニョやジエゴを始めとしたタレント揃いのアタッカーの中にあって、後半になると前で詰まったら一旦クライトンにボールが戻ってきて作り直してたぐらい。守備ではDFラインの前で相手のキーマンをしっかり捕まえたり、両サイドが上がった後は「5番」の定石通りDFラインに入ってカバーをこなしている。
 これには正直驚いた。理由は俺が今シーズン2ndステージ中にクライトンに対して感じていた「不満」の部分が完全に解消されていたから。シーズン中に何度か書いたけど、具体的に「不満」っていうのは二つで、シンプルにボールを散らせばいい場面でもそうしない所と、守備でボールを持っていない選手に対するマークがルーズな所。これが完全にクリアされている。もし俺が1stステージ終了後にこの試合見てたらクライトンの加入を諸手を挙げて賛成していただろう。
 じゃあクライトンはサントス時代と名古屋ではプレースタイルが変わったんだろうか。俺はそうは思わない。守備に関してはポジションの違いによって戦術的なタスクが変わっただけだし、ぶっちゃけ言えば守備はそれでも苦手そうだった。(笑) 攻撃に関しても周りの選手のレベルが変っただけ。クライトンは名古屋ではおそらくマルケスとウェズレイしか信頼している選手がいない。そして名古屋の日本人選手で主体的にゲームを作っていこうとしている選手がほとんどいない。だからサントスの時には誰にでも回せるパスが名古屋では無理してでもタテに(外国人2トップに)しか出せない。逆に言えば、そうしてクライトンが運ばなければ、なかなか2トップまでボールが行き渡らないし、周りの選手達もクライトンに頼り過ぎている。ネルシーニョがボランチの補強を要求している理由もこの辺だろう。2ndステージの市原じゃないけど、来シーズンはどのチームもクライトンを狙って潰しに来るだろう。そこで周りの選手がいいタイミングで動いてクライトンからボール受けて自分で「前に」ボールを動かしていけるようになれるのは必須だ。

 クライトンの根本的な中身(プレースタイル)はこの一番上に書いたもので変化はないけど、それでもこの試合を観たら来シーズンのクライトンと名古屋に期待してしまう。来シーズンにはクライトンも今年よりチームメイトの特徴を理解していると思うし、そうすれば周りの日本人選手ももっと上手く使えるようになってくるだろう。それにクライトンが「5番」で使えるとなれば、戦術的なオプションももっと広がってくると思うから。

 あと相手チームのボタフォゴにバウドがいました、40歳!!見せ場はなかったけど当時「ここを見て欲しい」と言っていたFKのキレは相変わらず。あとボタフォゴの監督だったクルピは元C大阪の監督っていうよりは、名古屋でベンゲルが監督やってた頃「コパ・デ・アゴスト」とかいう、日本のカップ戦王者とブラジルのカップ戦王者がタイトル賭けて戦った試合でクルゼイロの監督やってた時の印象が強い。あの時のクルゼイロは鬼のように強かった。中盤のプレスがキツくて、試合開始からしばらくは名古屋が何も出来なかったし。俺がブラジル人で監督を任せてもいいかなと思える数少ない一人。
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by tknr0326g8 | 2004-12-29 11:03 | Other Games
インカレ準決勝@西が丘
 朝っぱらから嫌なニュースしかないので、西が丘までインカレ準決勝を観に行ってきました。お目当てはもちろん来シーズンの名古屋入団が決まってる杉本&中島の流経大コンビ。そしてオマケというわけではないが、第二試合に登場の筑波大・平山相太!…ではなくその控えの“エセストゥータ”(笑)こと富岡英聖。行ってすぐにプログラムを買ったんだけど、その“エセストゥータ”に代表される手作り感というか同人誌感が漂うチープさ加減がなかなかいい。千円は高いけど…。でもこういうの欲しかったんだよ。

【第1試合 立命館大学vs流通経済大学】
b0036243_17362647.jpg 流経が強いのは知ってるけど(来シーズンのJFL入りも内定したし)、立命館て強いのか?誰かが磐田の西の弟がボランチやってると言っていたけどプレ情報はその程度。 杉本と中島はともに先発。杉本は2トップの一角、中島は1ボランチだ。ちなみに流経のユニフォームはエル・ブランコ、背番号の書体もレアル・マドリーと一緒だった。
 しかし今日の流経のパフォーマンスは酷かった。「(準々決勝は)栗澤が欠場して苦戦した」と書かれてあった「展望」とかいうプリントアウト(入場口で配られた)そのままの展開で、攻撃はDFラインの裏目がけて蹴るだけ。流経の2トップは決して大きくないから全然起点が作れない。40分を過ぎたあたりでやっと杉本が立命DFラインの裏に抜け出してシュートを放つ。そして前半終了間際にももう一回。対する立命館も守りを固めつつ同じようにゴリゴリと攻撃を仕掛けてくる。前半は両チームともほとんど見せ場もなく0-0で終了。両チームがこの戦い方を続ければそういうサッカーが得意そうな立命館の方が有利か?
b0036243_18332813.jpg 後半。それまでトップ下に入っていた流経の中では比較的大柄な部類の8番・船山をトップに上げ、杉本は左サイドの2列目に移動。しかしそれでも一向に起点が作れる気配がない。そうこうしているうちにゴリゴリとしたサッカーで立命が完全にペースをつかみ、ボックスの外右寄りのポジションで得たFKを直接ねじ込み先制。その後になってやっと流経も反撃に出る。反撃のキーマンは杉本!だ。試合も終盤に来たところで相手の疲れもあったんだろうけど、タテパスに対して二列目から飛び出してDFラインの裏を取ってシュートまで持って行ったり、相手DFを1対1であっという間に置き去りにしてサイドをえぐったり、ゴールラインまで切り込んでクロスを折り返したり。俺の周りでも観客が口々に「あの11番速えぇ…」と口走り、最後の方には杉本にボールが渡るたびにそいつらの気持ちが高まるのが伝わって来るような、そんな雰囲気だった。しかし流経は立命の守りを崩せず試合終了。番狂わせ、なのか?
b0036243_18505011.jpg 杉本は今書いたような感じで噂に違わぬスピードスター。4-4-2のSHに入った後半、一度相手に裏のスペース取られてスルーパス出された時に、猛烈なスピードでボールと相手を追いかけてって、相手が触る前にボールに追いついて奪い返したのはなんかもう笑た。決して競り合いに強いとは言えないけど、使いようによってはいいオプションにもなるし、スーパーサブでも行けそうだ。中島は、どうやらパスを始めとした攻撃のセンスが持ち味らしい。ダイヤモンド型とも1ボランチの前に3人のオフェンシブMFを並べる形とも取れる布陣で1ボランチを勤めていたが、彼にボールが入れば上手く散らしたりDFの間にスルーパスを出したりとなかなか落ち着いてプレーしている。栗澤がいない状況では彼が中盤をコントロールするということか。そして最後のスクランブルな状況ではトップ下のようなポジションに移っていた。しかし1ボランチというにはどうも守備の勘が良くない。いるべき場所にいてくれないというか、ピッチの中でどこが危険かを判断する目に欠けるというか。 ボール取りに行って簡単に交わされて一気に攻め込まれるようなシーンも何度かあったし。チーム自体の出来が悪かった今日の試合を観る限りだけど、現時点では同タイプの山口Kの方が上かな。
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【第2試合 筑波大学vs駒澤大学】
 平山効果か、第二試合が始まる頃にはスタンドにもかなりの観客が入っていた。 エセストゥータはサブに入っている。試合開始から筑波が有効にサイドを使って攻めやっとサッカーらしいサッカーを観られたような感じ。やっぱり平山みたいな明確なターゲットがいるといろんなサッカーがやりやすいのか。対する駒澤は高い位置でボールを奪っての速攻狙い。攻撃陣をリードするのは普段のボランチというよりトップ下にポジションを取っていた中後だ。
 中後はパスもさばくし2トップの間を縫って前線にも飛び出す。決してキャプテンマークを巻いていたからではなくとにかく目を引く。その存在感同様、ピッチ上でのクレバーなリーダシップも際立っている。筑波GKのミスとかで早々に2点を奪ったこともあって、その後は結構控えめなプレーぶりだったし、最後は退場者が出たこともあって本職(?)のボランチに戻ったけど、そこでのプレーもクレバーそのもの。名古屋もボランチ欲しいとかいうなら、阿部とか夢みたいなこと言ってないでこういう選手を獲らなきゃいけないんじゃないか?少なくとも中島よりは一枚上手だぞ。
b0036243_19554848.jpg 試合はその後、筑波の攻めも焦りからか徐々に中へ中へになってきたり、パスやフィニッシュが雑だったりして得点には結びつかなかった。この展開なら出番もあるかと思われたエセストゥータも、DFが一人退場になり、さらに代わりに入ったDFの選手も怪我で交代という不運もあり出番を得られずじまい。来年はもっと試合に出られるように祈ってるよ。来年は永芳も入ることだし楽しみは2倍。
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by tknr0326g8 | 2004-12-26 19:37 | College Football
12月25日 国立競技場 その2
【天皇杯・準決勝 浦和vs磐田】

 5年前にピクシーのいた名古屋が優勝したこの大会。
b0036243_21524992.jpg 今年もこの大会の勝者にはアジアへの切符が用意されるんだろうか。もしそうだとしたら、名古屋はあっさり負けてしまったが、浦和が優勝した暁には名古屋との間には10年分くらいの差がついてしまうのではないかという漠然とした不安。俺はナビスコ準決勝で大敗した後でも「勝てない相手ではない」と言い続けてきたけど、今度ばかりはさすがに不安だ。かと言って磐田を応援する気にもなれなかった。アウェー側のスタンドで微妙な声色の応援を聞いていればなおさら。とりあえず傍観者でいちサッカーファン。
b0036243_2255480.jpg 浦和は、エメルソンもネネも闘莉王もいなくて、三都主をトップ下にして左に平川を配置した布陣。これに意表を付かれたのか、開始から5分間ぐらいは磐田がバタバタし浦和の猛攻。しかし7分過ぎに磐田のパスが何本かつながってフィニッシュまで持ち込むと、以後は完全な磐田ペース。浦和は前に放り込んで2トップと三都主を走らせてそこでの個人勝負に賭けるだけみたいな。攻めるのは前3人。オフトの時のサッカーじゃん!それ。これじゃいくら衰えたりとは言え、磐田のDFは崩せない。磐田では西が絶不調の様子。有り得ないミスからボールを失ったりしてる。
b0036243_22161844.jpg 後半が始まってもペースは変わらず。しかし15分過ぎだったか、浦和がカウンターからフィニッシュまで持ち込むと、やっとペースをつかみ始める。前半2トップの一角として内に絞り気味だった永井が随分と右サイドに張っていて、そこを起点にガンガンチャンスを作る。今シーズンの永井の成長っぷりたりや敵ながら天晴れだ。そう言えば昔福田健二がまだ名古屋にいた頃、福田と永井のトレードとかいうガセネタが報知に載ったことがあったけど、あれはなんだったんだろう。
 その後は両チームともカードを次々に切っての攻め合い。そして疑惑のオフサイド合戦。西もやっとエンジンがかかって来て観客席をどよめかせる。最後はまあ正当な成り行きというか、ピッチの横幅とスペースをうまく使いつつ選手が有機的に動いてパスをつなげていく磐田に軍配。でも磐田もつまらないミスとか守備のバランスの悪さとか往年の輝きはすでになくなっていて、恐れるような相手では決してない。浦和もいい所まで行ったんだけど、永井が右サイドで暴君のごとく君臨してる状況で、あとは中の人数増やさなきゃいけないのに、そこで入れるのが岡野じゃあな…。監督もワンパターンだ。
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by tknr0326g8 | 2004-12-25 22:40 | Other Games
12月25日 国立競技場 その1
【高円宮杯決勝 アビスパ福岡U-15vsヴェルディ・ジュニアユース】

 5年前に平林のいた名古屋が優勝したこの大会。
 今日が今年の決勝。ヴェルディがV2を達成したわけだけど。去年のヴェルディには森本がいたんだよなぁ...。(今年の名古屋の結果はこちら
 システムは両チームともオーソドックスな4-4-2。前半は両チームともチャンスを作れないまま0-0で終了したが、後半に入るとヴェルディが全体的にラインを一段高くして完全にゲームを支配した。そんなヴェルディで目を引いたのは9番(SH)と6番(SB)の左サイドコンビ。特に9番の子はサイズもあるしこの先楽しみな選手だ。あとはドリブラーでFWの7番の子かな。見た目的には2トップを組んでたスキンヘッドの10番の子の方がインパクトがあったけど、10番の子は今日の試合では潰れ役に徹している感じだった。決勝点は7番の子がDFをチェースして奪ったボールをエリア内に持ち込んだところで倒されて得たPKだった。ジュニアユースと言えどヴェルディはやっぱりヴェルディで、個々の選手の技術は高く、そして時に球離れが悪い。
 一方の福岡は試合開始当初からトップを目がけたロングボールが目立つ。2トップにフィジカルに優れて能力の高に選手がいるのかな?と思っていたが、しばらく試合を観ていると、このチームの勝ち上がってきた原動力は別にあることが誰の目にも明らかになる。このチームを牽引してきたもの…それはセントラルMFに入っている「10番」だった。左足をタクトのように操り、チームの攻撃に自由自在な緩急をつける。そして時には自らが切れ込んだり、ゴール前に顔を出してシュートまで持って行く。どこかで見たことのあるプレースタイル...そうそう、彼はキックのフォームや立ち振る舞いも若かりし日の中村俊輔にそっくりだ。もしこの試合に勝つことだけを考えるなら、この「俊輔君」をもっと前のポジションで使うべきだった。実際2トップがふたりとも交代した後「俊輔君」がトップに上がって、バーに当てたシュートを含めて決定的なシュートを2本放った。「俊輔君」をセントラルMFに使っているのが、監督の戦術的な嗜好なのか、「俊輔君」の将来も見据えた育成の一環なのかは分からないが、この先彼が順調に育って行っていつかJのピッチに立てることを期待してるよ。
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 でも、ひいき目抜きで見ても、5年前の名古屋の方がチームとして戦術的に完成度の高い試合してたような気がするなぁ。まぁあの時は相手(決勝は対高田FC)とのレベルに差があったし、全体的にチーム間に力の差がなくなって拮抗してきたってことかな?
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by tknr0326g8 | 2004-12-25 21:44 | Other Games
PlayBACK#2 ベンゲルからケイロスへ
 「プレイバック」第2回目は、クリスマス特別企画と言うことで、いつの間にか遠い記憶のようになってしまったベンゲルからケイロスまでの歴史(流れ)に関する俺なりの「解釈」です。相変わらず「適者生存」の名古屋版進化論的アプローチで。

■スペクタクルの秘密
 最近でこそ「ポゼッション」とかいう言葉が流行語になっているが、元来日本人はスピード感溢れるサッカーが大好きだ。堅い守備からの「光速カウンター」(そもそもこの言葉があること自体に日本人の嗜好の一端が表れている) は上手くハマれば格上の強豪チームだってチンチンにやっつけるられるし、その爽快感はサポーターを酔わせること受けあい。日本では下手なパスサッカーよりもこっちの方が確実に客を呼べる。バレンシアでは「守備的過ぎてつまらない」と受け入れられなかったクーペルも日本でなら賞賛されるかもしれない。
 ベンゲルのサッカーが瑞穂のサポーターに歓喜を呼んだ「一因」は実はここにあると俺は思っている。(ただ「一因」であってそれが全てではない。)
 というわけで、まずはそんなベンゲルの攻撃戦術をおさらい。攻撃はボールを持った相手のタテを切ってプレスを掛け追い込む所からスタート。そしてボールを奪ったら...

浅野、デュリックス、ピクシーのうち誰かが「逆サイド」のDFラインの裏のスペースへサイドチェンジ(1)                        
                 ▼
タテに抜けたウイングハーフがゴールラインまで一気に深くえぐる(2)
                 ▼
FWのひとり(小倉)が相手DFを釣りながらニアサイドへ(3)
                 ▼
ウイングハーフがその頭を越えるようにフワッとしたセンタリング(4)
                 ▼
ファーサイドやゴール中央の空いたスペースに走り込んだ逆サイドのWH、もうひとりのFW、ボランチがシュート(5)

 当時のゴール集とかいうものがあれば、流れるようにつながった美しいゴールのいくつかはかなりの確率でこの形に当てはまるはずだ。そしてこの「形」はとても理に適っている。相手ディフェンスが一番薄い所を付き(1)、1対1で対応する間もなく、中のDFが一番嫌な角度からセンタリング(2)、陣形が整っていない相手がガチンコでぶつかれる唯一の可能性を残したニアサイドで無理に勝負することもなく(3~4)、戻りながらのDFと前を向いたアタッカーとで勝負(5)。もちろんゲームの中ではその状況に応じて派生的なパターンも発生し、例えばピクシーがアウトサイドのワンタッチコントロールで中西哲生のゴールをアシストした有名なシーン。長良川でのG大阪戦だったと思うが、左サイドでボールを奪った津島がすぐさま右サイドでDFラインの裏に構えていたピクシーにサイドチェンジを出し、ピクシーがそれを右足のアウトサイドでダイレクトに!ボックス中央のスペースに落とし、後ろから走り込んで来た中西哲生がゴールしたシーンとかも根底にある考え方はこのパターンと言える。もっと抽出して言えば、ベンゲル時代の名古屋では、相手DFを崩すために選手達は「ボールを奪ったら相手の守備陣形が整う前に一気に攻め切っていた」し、その中で「サイドチェンジを有効に使っていた」し、「前線ではダイアゴナルなパスが飛び交っていた」
 そしてベンゲルのサッカーで最もスタジムが沸きサポーターの脳裏に今でも鮮烈な印象としてこびり付いているのは、ピクシーのファンタジーを除けば恐らく(2)の両ウィングハーフ(平野と岡山)が爽快なスピードでサイドを切り裂く姿ではなかったか。名古屋系の掲示板で今でも「サイド」やそのプレースタイルに拘りを持つ人達が多いのも、俺にはその名残りのような気がしてならない。
 理に適った戦術で陣形の整っていない相手を振り回し、スピード感溢れる突破を武器に得点を奪うスタイルとそこにピクシーという「スパイス」が加わる攻撃。さらにこれまた日本人が大好きな「戦術」や「組織」といったイメージを満足させるに足る美しく統制された4人のDFがラインを高く保って相手をオフサイドトラップに陥れるディフェンス。これらがベンゲルサッカーが名古屋において「スペクタクル」と呼ばれサポーターを歓喜していた理由。そして最後にもうひとつ忘れてはいけないのが「勝利」。バブルが弾けたJリーグにおいて、ベンゲル率いる名古屋は内容とともに、勝つことによってサポーターをスタジムに呼び寄せていた。

■ピクシー プリーズ!
 ベンゲル時代の名古屋を語る上で外せないのが選手として第二のピークを迎えていたと言っても過言ではなかったピクシーだ。名前だけでなくそのプレーはピッチ上で絶大な存在感を放っていた。まあピクシーに関しては簡単には書ききれないのでまた改めて書くとして、その卓越というか超越した技術は、チームに「ピクシーに預ければなんとかなる」という思いすら生んでいた。例えばさっき書いた基本的な攻撃のパターンの最初のステップとなる(1)で上手くサイドチェンジが出来なくても、奪ったボールをピクシーに預ければキープして絶妙なタイミングでサイドを走らせてくれる(つまり(2)のステップへの移行)し、時にはそんなプロセスを経なくても相手を崩して決定的なラストパスを供給してくれる。ピクシーの絶対的な存在と信頼感は、チームを前へと向かわせる勢いを付ける上でもなくてはならない存在だった。実際にベンゲルも「困ったらピクシーに預けろ」という指示を出していたという話もあり、ピクシーそのものが「戦術」という側面も持ち合わせたいたのである。まあそれは悪い方向に回り出せば「ピクシー プリーズ!」なんだけど。

■リアクション・フットボール
 現在はプレミアリーグのアーセナルにおいて美しくパスのつながる流麗なサッカーを展開しているベンゲル。だが、今アーセナルでやっているサッカーと当時の名古屋のサッカーは、全くとは言わないまでもほとんど別物だ。さっき書いた内容からも分かる通り、名古屋でのベンゲルのサッカーは「リアクション・フットボール」だった。チームは性質上、当時のセレッソのような最初から引いてくる相手には滅法弱かった。成長著しい日本人選手達もスペースを消された上で主体的にボールを持たされてもなす術がなかった。そして研究されてくるとどのチームも両サイドの「タテ」をとにかく切る。1対1に絶対的な強さを持つ例えばフィーゴのようなサイドアタッカーがいるならまだしも、平野も岡山もスペースがないとその力をまだ発揮することが出来ない。名古屋はまさしく「翼をもがれた」状態だった。そして「ピクシー プリーズ」。そんな中でもなんとか勝ち点を拾えたのはセットプレーの恩恵で、トーレス、浅野といったヘディングが強かったプレーヤーに加えピクシーの天下無双のキックが名古屋にとっては「蜘蛛の糸」だった。
 そしてベンゲルは在任二年目の96年シーズン半ばアーセナルに去った。研究され対策を練られた状況をどう打開するか、チームをリアクション・フットボールからいかに発展させていくかという課題を残したまま。
 選手のレベルを考えれば、チームが取るべき戦術として「リアクション・フットボール」と「DFラインを高く保ってのプッシュアップ」が唯一の選択肢だったかもしれない。しかしそれゆえの不安定さ(5-0で勝ったかと思えば0-5で負けたり等)やチームの限界も存在していた。そしてその解決も含めて後任を任されたのがベンゲルの紹介でやって来たポルトガル人のカルロス・ケイロスだった。

■世界を先取り「4-2-3-1」
 シーズン途中にMLSから名古屋にやって来たケイロスは「サッカーはショータイムだ」との信念を披露しサポーターにスペクタクルを約束した。その年のJ1が1シーズン制でチームが優勝争いをしていたこともありケイロスはシーズン中は基本的にベンゲルのやり方を踏襲する方法を選んだが、その中で少しづつ自分の「色」も出していった。そのひとつが4-2-3-1システムだ。今や「スペクタクル」の代名詞ともなっているリーガ・エスパニョーラにおいて数年前から主流になっているこのシステムは、フランスW杯後の98-99シーズンにヒディングがレアル・マドリーに持ち込んだのがスペインにおける起源とされているから、その2年も前に4-2-3-1を「サイドアタック」と「中盤でのボールキープ(支配)」という同じコンセプトからの発想(←ここが大事)で採用していたのだから、名古屋のサポーターは誇りに思っていい。もちろん、かの杉山茂樹が妄信的に騒ぎ出すよりも、原博実がスペインから「輸入」して東京に持ち込むよりも遥かに前の出来事。
 シーズン終盤の鹿島との文字通りの天王山@カシマスタジアム。ケイロスはこの日初めて4-2-3-1を採用した。ケイロスの狙い通り4-2-3-1は名古屋の選手達のスタイルにバッチリとフィットし、試合開始から鹿島を寄せ付けなかった。しかしセットプレーから先制点を奪うも、大岩が怪我の治療でピッチを出ている間に同点弾を喰らい一気に逆転されてしまった。最終スコアは2-4。結局その年は鹿島がシーズン優勝を果たした。その後に、リーグ戦の1位&2位とナビスコカップの1位&2位でタスキ掛けトーナメントやった「サントリーカップ チャンピオン・ファイナル」とかいう良く分からないタイトルで鹿島を破って優勝し、鹿島のお祝いムードをブチ壊したのがその年のせめてもの気安め。そしてそのサッカーは翌年に向け期待を抱かせるに足るものだった。

■リアクションからアクションへ
 新シーズンが始まるとケイロスは自分のカラーを打ち出した。コンセプトはリアクションからアクションへの転換、そして安定した戦いの出来るチームだった。システムは前年からテストしていた4-2-3-1を継続採用。DFは高いラインを止めプレスを掛ける位置も少し下げた。そして最も特徴を出したのが攻撃面だ。それまで速攻一本槍だったチームに「中盤でのボールキープ率の向上」という概念を持ち込み攻撃のバリエーションを増やそうとした。ピクシーが絡む場面を除けばシンプルなパス交換からウイングハーフを走らせるサイドアタックぐらいしかなかったベンゲル時代に比べ、サイドの選手が1対1の場面で積極的に内側に(ゴールに向って)ドリブル勝負を仕掛け、ベンゲルの時には守備専門だったサイドバックがオーバーラップを敢行し、ボランチがクロスオーバーを仕掛けるといった試みがケイロスのカラーだ。ポジションはより流動的になった。キッチリ組織を固めて守る相手を崩すには自分達も変化をつけたりバランスを崩して攻めなければならないというわけだ。
 ボールをキープし自分達でゲームをコントロールしようとする姿勢、そして(時にはバランスを崩してでも攻めるため)簡単にボールを失うことは命取りになるという危機感から、ケイロスの元ではベンゲル時代不動のレギュラーだった浅野や岡山とった足元の技術・ボールコントロールに難のある選手よりも望月のようなプレーヤーが重宝された。一度だけ試された大岩のボランチ起用もこの意図を反映してのものと思われる。まあこの大岩ボランチ起用にとどまらず、飯島のフリーキッカーとか、ケイロスの発想は全てを白紙に戻してのスタートだったし、「複数のポジションをこなさなければいけない」という今では当たり前のことを選手達に要求していた。

■悪魔のサイクルと「ビジネスシステム」
 そんなケイロスにとって不運だったのはシーズン前からいくつかの誤算が続いたことだ。まずはデュリックスの突然の退団。これによってチームは中盤の核を失ってしまった。後釜に獲得されたブラジル人のリカルジーニョはまだ20歳そこそこの若い選手で、キャリアも浅くとても多くを望めるような選手ではなかった。「怪我」もケイロスを悩ませた要因。まずはベンゲル時代不動の左SBだった小川の怪我による離脱。リーグ開幕戦でそのポジションに入ったのは高卒ルーキーの滝沢だった。リーグ戦が始まって横浜Mで出番を失っていた元日本代表の鈴木正治を獲得したものの、その鈴木も移籍後初試合でいきなりの大怪我を負ってしまう悲運。そして小倉。一年前のアトランタ・オリンピック・アジア最終予選に向けた合宿で起こった悪夢から復活を果たした小倉だったが、右膝の状態は小倉自身がそのパフォーマンスを発揮するには程遠く、オランダに渡っての再手術が決定した。
 この年のJリーグはリーグ戦開幕前にナビスコカップのグループリーグがあるという変則日程で、ナビスコカップのグループリーグこそ1トップをピクシー、望月、平野等で回しながらなんとか乗り切ったが、肝心のリーグ戦はトーレスが出場停止だった開幕戦を接戦を落とすと怒涛の6連敗。この頃にはケイロスのスタイルが悪い方向に回り始めていた。ボールを持ってもドリブル勝負等すぐにパスが出ないから周りの選手は動くタイミングをつかめない→そして周りが動かないからパスを出すタイミングを失う→そして周りの選手が…という完全な悪循環。チームは悪魔のサイクルにはまり込んでいた。何人かの主軸選手の不在、そしてケイロスが求めることを消化し実践できない選手達。
 そんな中で迎えたのがホーム瑞穂での浦和戦だ。ケイロスは自らの「サッカーはショータイム」という信念を捨て、マンマーク気味の3バックを採用した。まずは守備ありきのその戦い方をケイロスは結果を出すための「ビジネス・システム」と呼んだ。後にどこかで聞いたような戦い方だが(笑)、チームはその試合で浦和に3-1で快勝すると、その「ビジネス・システム」をベースとした堅い守備からの速攻を武器に今度は破竹の5連勝。勝ってる時はいいが一旦負けだすと止まらなくなるという、後にズデンコが指摘した日本人選手のメンタルの欠点。結局優勝を期待された1stステージは期待外れの12位という順位で終了した。

■終焉から回帰へ
 2ndステージ。ケイロスの要望でベンフィカのアイドルだった元ブラジル代表のバウドを獲得し、チームは優勝を目指して再スタートを切った。しかしこのバウドがフィットする前にシーズンは終わってしまった。事件は2勝1敗で迎えた第4節、因縁のカシマスタジアムでの鹿島戦で起こった。そう、ピクシーが「サッカー人生最大の屈辱」と語ったあの試合。その日カシマスタジアム上空には強い風が舞っていた。なぜかフリーだったビスマルクの右足から繰り出されるハイボールを先発出場の古賀がことごとく目測を誤りバウンドさせては相手FWにさらわれた。「右往左往」という言葉を実写化したらまさしくこんな感じ。鹿島に計7点をブチ込まれての完敗。スコアは7-0だった。ルーキーだった古賀は泣きながらピッチを後にした。そしてこの試合で実質この年の名古屋の2ndステージは終了した。その後は勝ったり負けたり。最終的には帳尻合わせで5位まで順位を上げたけど…。
 ケイロス続投に向けて最後の「試験」となったのはナビスコカップの決勝トーナメントだ。ケイロスもまさかこの決勝トーナメントが自分の命綱になろうとは、リーグ開幕前にグループリーグを戦っている段階では思ってもいなかっただろう。このタイトルを取っていたらひょっとすればケイロスは続投していたかもしれない。しかしここでも準決勝で鹿島に苦杯を喫する。そしてケイロスは解任された。その後南アフリカやUAEの監督を経てマンU、マドリー等ですっかり大物になったから言うわけではないが、個人的にはもう少し見てみたかった監督だった。少なくともそのサッカーに対するフィロソフィーみたいなものは俺の好みだった。
 名古屋の次期監督に選ばれのはベンゲル、ケイロスの元でコーチを務めてきた田中孝司。そしてクラブが掲げたテーマは「ベンゲル時代への回帰」だった。
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by tknr0326g8 | 2004-12-24 12:50 | PlayBACK
PlayBACK#1 ズデンコからネルシーニョへ
 シーズンオフ企画「プレイバック」第1回目は、ズデンコからネルシーニョへの流れ。前にここで中村のボランチ起用を提案した時、「elephant stoned」のmijacさんから、ズデンコの時のボランチとはどう違うのか?という疑問を頂いて、そのままになっていたのもあるのでそれに関する俺なりの返答も含めて書きます。

■守備のための守備
 ズデンコのやり方は、簡単に言えば相手にスペースと自由を与えないサッカー。それは守備のための守備だった。ボランチやサイド、状況(対戦相手)に応じてトップ下やFWまでもが参加し相手プレーヤーに対して忠実なチェック&チェースを繰り返すが決して無理はしない。ボックスの周りでいくら相手にボールを持たれても、最後は真ん中で跳ね返せばOK。そんな「最後の砦」には、人に強い二人のストッパーとカバーリングに長けた一人のリベロ、そしてハイボールに強い日本代表GKが文字通り待ち構える。そしてここが相手から自分達にボールの所有権が移るポイント。
 このやり方によってある程度失点を減らすことは出来たが、逆に最終ライン(GK)でマイボールになっても、そこから全体を押し上げて攻撃に移れることは稀だった。中盤でボールをつないでいくわけでもなく、大抵は最終ラインから前に残ったウェズレイに向って長いボールが一本。恐らくズデンコはそこでウェズレイがボールをキープし、その間に全体が押し上げてそこから展開していくスタイルを意図していたのだろうが、実際のピッチ上でウェズレイに向って蹴られるロングボールに込められたメッセージは「行ってらっしゃい」だった。バランスの悪い「守」から「攻」への切り替えは、守備的なチームでセット販売されるべきカウンターすらままならず、前線で孤立したウェズレイは二人掛かり三人掛かりのマークに潰された。その頃からだ、ウェズレイが相手DFとの競り合いの中でよく転ぶようになったのは。

■「戦術はパナディッチ?」
 逆の見方をすれば、一方でズデンコはチームに「規律」を植え付けることに成功していた。しかしこの「規律の浸透」をもって「組織が機能していた」と言うのはちょっと違うような気が俺はしている。なぜなら、俺はあの守備のやり方が最終的にはパナの「個の力」でもっていたと思っているから。シーズン中も何回か書いたけどパナディッチのリベロ(スイーパー)としての能力は名古屋はもちろんJのレベルでも群を抜いていた。危険な場所(スペース)を未然に察知し、確実に先回りするカバーリングとシュートコースのブロック。それは日本代表クラスのDFをひとり連れてきた所で補えるものでは到底なかった。そしてそんなパナによって、相手に崩された名古屋の守備(ズデンコ)は何度も救われた。それは、ひょっとしてズデンコがパナのカバーリングから逆算して鉄壁の守備を築いていたのではないかとすら思えるほどだった。

■心理的なマネージメントのまずさ
 そしてズデンコを語る上で欠かせない要素として、彼はお世辞にも選手のココロを掴みそしてコントロールするのが上手いとは言えなかったと俺は思っている。一つ例を挙げると、開幕前には「優勝候補」に挙げられつつもクラブ史上最低順位に沈んだ一年目(2002年)の2ndステージ、当時日の出の勢いにあった京都との対戦。試合はシーズン終盤でチームは既に4連敗を含む低迷に喘いでいた。それでも前節ホーム瑞穂で仙台に快勝(3-1)して迎えた試合。その試合でズデンコは相手の3トップ気味の布陣に合わせてシステムを4バックに変更した。4バックと言っても、3人のストッパーの後ろに1人のリベロを置いたサッカーの古典の教科書に出てきそうな布陣。試合は逆転負け。試合後ズデンコは選手達の「自信のなさ」「(選手の)自分自身に対する自己評価の低さ」が敗戦の要因のひとつであると指摘した。そりゃそうだろう。前節久しぶりに快勝してメンタル的にも少し上向きかけたところで、また次の試合に向けてやり方変えてたんじゃ、選手達に自信を持てと言う方が無理。破壊力があり前線にタレントを揃えた当時の京都の3トップに対して、自信を持てずに怖がっていたのは…そして自分(のチームの選手)を評価(信頼)していなかったのは、ズデンコ自身ではなかったか。「ピッチ上の選手は監督を映す鏡」、ピッチ上で自信を失ってプレーしている選手達の姿がすなわち自分自身だということに「知将」ベルデニックが気付くことはなかった。
 もしも俺がフロントだったら、この発言もあったし、一年やってきて要望通りのハイレベルな外国人を補強して臨んだ2ndステージにクラブ史上最低順位という成績になった時点でズデンコは解雇していたかもしれない。しかしフロントは我慢した。これまでと同じ轍は踏むないと思ったのかもしれない。そしてこれが功を奏し、中村、吉村をはじめとする何人かの選手が翌年大きな伸びを見せた。これは間違いなくフロントとズデンコの功績。

■ズデンコの求めたボランチ像
 ズデンコ政権が二年目に入る時チームに大きな変化が起こった。それまでチームの主軸としてプレーしてきた山口素が戦力外になったのだ。クラブとして「若返り」の意図もあったが、山口素の戦力外を決めたのはズデンコだったと言われている。ズデンコはその思い描く戦術上、守備では動き回れて中盤で確実に人を捕まえられ、そして攻撃に移った時には前線まで駆け上がれるような機動力ある選手を求めていた。
 逆に山口素にとっても、攻撃時にボールが自分の頭の上を通過していく状況には自らのスタイルとの間で違和感を感じていたはずだ。これでは自分の良さは出せないと。チームのために我慢してプレーしてくれていたが、シーズン終盤にはその口からはしばしば戦術に対する不満も漏れ始めていた。
 そんな「パラダイムの転換」とも言える中ボランチに台頭してきたのが「ムラムラコンビ」だ。これが当たった。吉村は大卒二年目。1対1の対応に課題を残すものの、フィジカルに秀でたプレーヤー。中村は前年までトップ下でプレーしていたが、ズデンコの構想ではアタッカーに「キープ力」が重視されたため、シーズン前に広島から獲得された藤本トップ下に定着するとポジションをひとつ下げることになった。二人は守備では忠実なチェックとチェース、スペースのカバーを行いながら、攻撃では時にリスクを冒し前線に飛び出すといったズデンコのイメージを具現化しようとしていた。そして二人の成長はチーム力自体も少し上に伸ばした。ちなみに、中村は当初右サイドでプレーするプランもあったから、ひょっとしたらこのボランチコンビは偶然の産物かもしれない。そしてひとつ付け加えれば、過度の運動量を強いられたボランチコンビ(特に中村)は2ndステージが始まる夏頃にはコンディションを崩して、ほとんど使い物にならなかった。

■「勝ち点1」の限界
 しかし最終ラインでボールを跳ね返すことから逆算した戦術は、攻撃への移行への問題を解消し切れず、チームは「負けずとも勝ち切れない」引き分けを積み重ねていく。勝利チームの勝ち点が「3」で引き分けチームのそれが「1」である現代サッカーにおいて、そして優勝を狙うことが使命とされるチームにとって、これは致命的とも言えた。勝ち点の伸びと同様、チーム自体の成長にも再び停滞の兆しが見え始めると、ズデンコは1stステージ限りで解任された。最終戦の後選手に胴上げされたのがせめてもの救いだった。よく「積み上げ」とか「連続性」とか言われるが、ズデンコの教えを土台に更なるステップアップが出来るかどうかは、胴上げをした選手たち自身にかかっている。

■攻撃的オプション「3-3-3-1」の真実
 二年目を迎えるに当たってズデンコがシーズン前から構想を温め「攻撃的なオプション」として注目された3-3-3-1。しかし、ズデンコが1stステージ限りで解任されたこともあり、これはほとんど日の目を見ないまま幻となった。そして「アルゼンチン代表をモデルにしている」という発言もあり、世の中的にはこれが「攻撃的なオプションだった」というのが定説になっている。しかし俺はこれが決して攻撃的なオプションだったとは当時思えなかったし、今も思っていない。なぜなら、その3-3-3-1の考え方の根源あったのは「(守備時において)効率的にスペースを埋められる」というコンセプトだったからだ。これは当時、Jskysportsの「Football anti-climax」の中でズデンコ本人が語っていたことだが、3バックには「両サイドのスペース」という欠点が存在し、4バックにはリベロがいない分DFラインの「裏のスペース」という欠点が存在する。だからそれを補うために、3バックの前にダブルボランチではなく3人の選手を並べ、その両サイドの選手がサイドのスペースを消すのだと。そして薄くなる真ん中は中盤の人数を増やすことで対応する。つまり3-3-3-1は、「自由に使われると危険なスペースを選手の配置によってあらかじめ消す」ことを念頭に考えられたフォーメンションなのだ。
 俺の記憶が確かなら、一度だけ明らかに試合開始からこの3-3-3-1のフォーメーションを試した試合がある。それが2003年4月26日 1stステージ第5節・柏戦だ。しかし、結果こそ1-1の引き分けだったが、このシステムが機能したとは言い難かった。そもそもズデンコの考える3-3-3-1は、トヨタカップを制したファンハール時代のアヤックスの3-4-3のように、ピッチ全体により均等に選手が散らばってスペースを網羅するシステムだ。しかし逆に言えば、これはピッチの至る所で1対1が発生するということにもなり、守備でも攻撃でも「個の強さ」がないと成り立たない。名古屋の選手はこの試合、各場面の1対1で負けまくった。そして試合は必然的に劣勢になった。これが名古屋版3-3-3-1の現実。

■ネルシーニョ政権へ
 ズデンコの解任を受け、チームにやって来たのがかつて黄金時代のヴェルディを率い、当時日本代表監督候補にもなったネルシーニョだった。ネルシーニョに課せられた課題は、「攻撃」「得点」そして「勝ち点3」。だからネルシーニョのゲームプラン(守備)は攻撃からの逆算だ。コンセプトは「より高い位置でボールを奪ってからの速攻」。そして「守→攻」と「攻→守」の切り替えにおける適切なポジショニング。
 そしてズデンコが選手のメンタル面のマネージメントに決して長けていたわけではなかったのとは対照的に、ネルシーニョは以前からこの部分には定評があった。名古屋でもその一端がさっそく披露される。来日してすぐの2ndステージ開幕となる鹿島戦。怪我人の事情もあったが、ズデンコ時代には全く出場機会のなかったヨンデをいきなり先発起用。試合後「練習を見ていて、彼(ヨンデ)にはチャンスを与えなければいけないと思った。」というようなことをマスコミの前でコメントした。これはサブやサテライトを含めたチーム全員のモチベーションアップを意図したものだろう。

■ネルシーニョが求めるボランチ像
 ネルシーニョのサッカーのコンセプトが「高い位置でボールを奪ってからの速攻」である以上、彼のチームにおけるボランチには、相手から「ボールを奪うこと」とそのボールを「前線まで運ぶこと」が要求される。そして「速攻」が叶わなければ、ボランチを中心として中盤でボールを回してゲームを組み立てなければならない。実際かなりの運動量は要求されるが、攻撃面で求められる要素を考えると、もしも山口素がまだ名古屋にいたら結構重宝されて今もレギュラーポジションをキープしていたような気がしないでもない。ブラジル人ってあんまり年齢を気にしないし、確か昔名古屋にいたバウドも去年40歳ぐらいで現役やってたっていう話聞いたし。今年はどうか知らないけど。
 ネルシーニョが就任した当初のイケイケ ドンドンな頃と比べると、1年が経過した今年は、チームが全体的に引き気味に網を張って、中盤でボール奪って(引っ掛けて)速攻という形が多くなった。上手く機能している時は追い込んでインターセプトしたり、囲んでボールも奪える。しかしカウンターとかで一旦後手に回ると、1対1で無理にボールを奪いに行ったり振り切られそうなのを手で止めてファールを取られる場面も目立った。これを解決するためにも、チームとしてはもっと攻守の切り替えを早くしていいポジションを取らなければいけないし、ボランチにも「人への強さ」と「前線へボールを供給(運ぶ)」という両面で更なるレベルアップが必要。今ネルシーニョがボランチの補強(阿部/市原)をフロントに要請していることからもそれは明らかだ。
 シーズン中から指摘してきたけど、今の「運び屋」クライトン(なんとなくいい響き…見た目にもピッタリだし。(笑)) と「潰し屋」吉村のコンビはいい組み合わせのように見えて、実は結構バランスが悪い。コンビネーションを深めることと合わせて、今こそが「生え抜き」の意地の見せ所ですよ!吉村さん。「ボランチに阿部(補強)なんか要りません」というプレーを見せて下さい。
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by tknr0326g8 | 2004-12-21 19:42 | PlayBACK
泰成移籍...orz
 今朝の中スポによると藤田泰成のFC東京への完全移籍が決定したようです。
 まあ確かに、泰成の言う通り現状では右サイドとしては3番手だし、本人のことを考えても移籍はやむなしなんだけど、天皇杯5回戦の東京V戦でのパフォーマンスが(特に攻撃面で)良いものだっただけに惜しい気もする。そして何より長いサテライト暮らしを経ても腐ることなく技術を磨いていたのが俺にはうれしかった。
 FC東京というチームは、かつて名古屋から福田、浅野、喜名、呂比須が移籍していて比較的親近感もあるし、近いからいつでも見に行けていいんだけど、俺は泰成が行くなら鹿島あたりが狙い目だと思っていた。前にも書いたけど、デビューした頃の泰成はプレースタイルや特徴がどこか若い頃の名良橋を彷彿とさせるものがあったし、なんとなくブラジルのサイドバックを連想させるから。名良橋もそろそろ厳しい年齢だしね。

 あと、これは来期以降名古屋に「中堅」として居続けたとしても変わらないことだけど、戦力として期待されて完全移籍で移る以上、今までのような守備のマズさは改善しないといけない。ルーキー時代以来これまでは、多少守備のマズさはあっても攻撃で自分の良い部分を出せばみんな悪い部分には目をつむってくれた評価してくれた。しかしこれからは、自分の良さを出しつつ、苦手な分野でも一定以上のパフォーマンスを見せて行かなければならない。

 まあ来期、泰成の味スタでのプレーが観れるのを楽しみにしてるんで頑張ってくれとしか言いようがない。加地からレギュラー奪うくらいのつもりでやって欲しいけど、ポジション的には石川のポジションの方が合うような気もする。
 
 それにしても、早めに「選手紹介(#12)」で書いておいて良かった。(笑)
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by tknr0326g8 | 2004-12-20 13:38 | Topics & Issues