Grampus Diary from TOKYO
by tknr0326g8
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Play Back#6 レフティモンスター・小倉隆史の「もしも」 (後編)
 もしもあの怪我がなかったら・・・

 小倉について語られる時必ず人々が口にする言葉だ。それだけあの怪我は衝撃的だったし、ジャンプから着地した瞬間に膝が内側にくの字に折れ曲がった当時のニュース映像はそのインパクトによって小倉に関する記憶と強烈に結び付いている。

 だが俺が小倉のキャリアに思いを馳せる時思う「もしも」はこのもしもではない。
 日本サッカー史に残る出来事「ドーハの悲劇」――俺にとって小倉の「もしも」はここにある。FWと言っても単なるストライカーにとどまらずドリブル突破やセンス溢れるパスによってチャンスメイクも行えるオールラウンドタイプである小倉には、俺も実は10番が一番似合うと思っていたが、当時の日本代表監督だったオフトは、単身で自らの母国・オランダに渡り活躍するこの若者の才能をポスト・ラモスとして注目していたという。ポスト・カズではなくポスト・ラモスとしているところが――もちろんカズとラモスの当時の年齢的な問題もあるが――小倉の才能の豊かさ(広さ)を逆に際立たせているが、もしもドーハの悲劇が起こることなく日本がアメリカW杯出場を決めていたら、翌年のW杯本大会では小倉が「秘密兵器」としてアメリカのピッチを踏んでいた可能性は極めて高い。そしてW杯開幕直前のキリンカップで代表二戦目にしてフランス相手に代表初ゴールを記録してみせた小倉であれば、本大会でもその重責を十二分に果たし得たのではないか。そうなっていれば日本サッカーの歴史は今も小倉を中心に回っていただろう。「もしも」は「もしも」でしかないが・・・。

 小倉は今後解説などの仕事をしながら指導者を目指すという。天性の明るいキャラクターがTV向きであることに疑いの余地はないが、指導者としてはどうだろうか。優れた指導者に必要な資質でありながら誰にでもあるわけではない「人間的な魅力」を持つ小倉はそれだけでも指導者としてアドバンテージを有するが、彼はプレーヤー時代から単なる天才ではなく(オランダに留学していたこともあってか)意外と戦術理解にも長けている一面を垣間見せていた。インタビューやコメントを読んだり聞いたりすると、彼が決して感覚的なものだけでサッカーをしていたわけではないことが分かるし、その戦術眼の鋭さを読み取ることはそんなに難しくはない。俺にはそんな小倉は指導者としても成功する資質があるように映る。
 そして他の人には経験できなかった怪我という経験――怪我からのリハビリをベンゲルが連れてきたフィジカルコーチ・ティリーのもとで行ったいた小倉はティリーから様々な話を聞かされたという。それは単にリハビリやフィジカルの話ではなくサッカー全般に関わるもので、小倉のサッカー人生にとってもかけがえのない財産となったことだろう。同じように若くして海外のサッカーに触れ、ある意味他人では味わえない試練を経験した小倉は、W杯などの舞台こそ踏んでいないものの、人よりも深みのある話をプレーヤー達にしてやれる指導者になるに違いない。
 俺は小倉の第二の人生も応援していきたいし、将来実現するかどうかは分からないが、名古屋で指導者として再びその雄姿を見られたら幸せだと思う。
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by tknr0326g8 | 2006-02-14 17:35 | PlayBACK
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